「腹落ち」がなければ不満につながる

しかし、この合意、あなたが「本当に納得したうえでのものかどうか」は別問題です。

元々は千円で売りたかったのに、結果的には800円で妥協しています(交渉などでは「譲歩」という)。つまり、頭では「まあ、この条件なら仕方ないか」と考えたのですが、心の奥底で「でも、なんとなく引っかかる」と感じていれば、それは「合意」には至っていても、「腹落ち」しているとはいえないわけです。

当事者が一応、条件面では「合意」に達しても、「腹落ち」できていない場合、その後に小さな不満が積み重なり、結局は再び揉め事に発展してしまうということはあります。これは、当事者が「合意はしたけれど、納得まではしていない」つまり「腹落ち」がともなっていなかったことが要因です。

服部真和『京都人が教えるずるいけどうまい合意の技術』(青春出版社)
服部真和『京都人が教えるずるいけどうまい合意の技術』(青春出版社)

「腹落ち」は、「腑に落ちる」と表現してもいいのですが、いずれにしても頭だけで(つまり、理屈で)理解するのではなく、「感情的」あるいは「認知的」な対立を解消しておくことが必要です。

この「腹落ち」がなければ、人は「合意」しても心のどこかで抵抗感を残し、その後の行動に消極的になったり、不満を口に出したりします。

逆に、少し条件に不利な点があっても、自分の気持ちがきちんと汲まれて、「寄り添ってもらえた」と感じたとき、人は「腹落ち」しやすくなります。そのため、対話の場では「どう合意を取るか」だけでなく、「どうやって相手の腹落ちを引き出すか」がとても重要になります。

京都人の「たてまえ」は調和のため

だからこそ「合意」と「腹落ち」の違いはしっかり区別して考える必要があります。

大切なのは、相手のなかに感情的なモヤモヤも、認知的な違和感も引きずらないようにすることです。

京都人が「たてまえ」を駆使するのは、決して「いじわる」や「冷たさ」ではなく、理屈面の善し悪しより「腹落ち」に根差した「感情的対立」や「認知的対立」の解消を重視するからです。

そうすることで、関係を長続きさせ、争いを防ぐ「調和」につながると考えています。

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