たとえば、2011年の「アラブの春」による原油価格上昇時にもゼロ金利政策は維持された。2008年の投機マネー流入などによる原油高局面でも、景気後退への懸念から利下げが進められている。1999年のOPEC減産や1990年のイラクのクウェート侵攻による原油高の際も同様であった。

このように、過去20年間において、ガソリン価格の上昇は、どちらかというとFF金利(政策金利)を押し下げる方向に作用する傾向が確認されている。つまり、FRBの反応は、従来は「原油高=景気悪化リスク=利下げ」というものが多かったといえる。

今回も、原油高による物価上昇が一時的なものだという確信があれば、景気を下支えするために利下げを着々と進める選択肢もあったはずだ。では、なぜ今回は対応が異なるのか。筆者は2022年の経験がFRBの転機になったと考える。

ロシアによるウクライナ侵攻に伴う原油高は、コロナ禍からの経済再開によるインフレ加速局面と重なった。このときFRBは利上げを開始したものの、その後、インフレを抑制するために急ピッチでの大幅利上げを余儀なくされた。

この経緯については、「利上げの初動が遅れたのではないか」という批判が今なお根強い。一方で、その後の積極的な金融引き締めによって、インフレ抑制の道筋を確保できたとの評価もある。いずれにせよ、FRBにとって重要な教訓は「原油高を軽視すると、後手に回るリスクがある」という点だ。この教訓が、現在の政策判断に強く影響しているとみられる。

2025年9月17日、FOMC記者会見で記者からの質問に答えるパウエル議長
2025年9月17日、FOMC記者会見で記者からの質問に答えるパウエル議長(写真=連邦準備制度理事会/PD-USGov-Federal Reserve/Wikimedia Commons

インフレ期待という「見えない敵」

さらに、今回の局面をさらに難しくしているのが、「インフレ期待」の問題だ。インフレ期待とは、国民や企業が予想する先行きのインフレ率のことである。これが高まると、企業は価格転嫁を積極化し、労働者は賃上げを要求するため、スパイラル的にインフレが加速するリスクが高まる。

FRBが最も避けたいのは、このインフレ期待の「アンカー(錨)」が外れることだ。一度上昇してしまったインフレ期待を再び抑え込むには、経済に多大なコストを強いることになる。

現在の状況は、インフレ期待を押し上げる要因に事欠かない。そして、それらの多くはトランプ氏の政策と密接に関わっている。

第一に、トランプ関税の価格転嫁もあって、すでに5年にわたってインフレ率が目標の2%を上回る状態が続いている(図表3)。さらに、足もとでは、イランへの軍事作戦によってエネルギー価格の急騰を招いている。高インフレの状況が長引けば、「多少のインフレは当たり前」という認識が社会に定着し、期待インフレ率が上昇しやすくなる。

第二に、トランプ政権によるFRBに対する政治的圧力は、中央銀行の独立性・信認を毀損する懸念がある。インフレ沈静化のための金融政策がしっかりと実施されないかもしれないという予想に結び付きやすい。

【図表3】インフレ率の推移(前年比、%)