設置から20年、犠牲者がゼロにならない

設置を言い出したのが、ベッド数100床に満たない民間病院だったことも社会を驚かせた。赤ちゃんの身元を探す調査をめぐる病院と行政の攻防は連載第7回で書いた。

東京・墨田区で「赤ちゃんポスト」計画が進行中…国内1例目の「病院vs行政」から学ぶ“重大な争点”

この経緯を知る人たちは、約20年後、赤ちゃんポストの運営に乗り出す自治体の首長が現れたことに解せない思いを抱いた。赤ちゃんポストが長く孕んできた矛盾を自治体が自ら内包することになれば、事業は成立しない可能性があるからだ。

「赤ちゃんポストが使われなくてすむように、困難な状況にある妊娠女性の相談業務を充実させなくてはならない」

赤ちゃんポストに疑問を持つ政治家や学者は口を酸っぱくして言ってきた。だが、「こうのとりのゆりかご」の運用から20年経っても、嬰児殺害・遺棄事件の発生件数は年間10〜20件を行ったりきたりしている。この事実は、困難な状況にある妊娠女性への支援策が成果を上げていないと見るほかない。

赤ちゃんを抱き上げた市長の覚悟

翻って泉佐野市。地方政治家が赤ちゃんポストをつくる。突飛に聞こえるが、数年前から下地づくりを始めていたという。

泉佐野市役所
筆者撮影
泉佐野市役所

2023年12月に制定した「泉佐野市こども基本条例」は、<こどもは、一人一人が未来を築く大切な、かけがえのない存在であり、未来そのものである>という美しい前文から始まり、<全てのこどもには、生まれた環境、生活状況、障害の有無、国籍等にかかわらず、生まれたときから、幸せに生きるための権利がある>と強く語りかける。

千代松市長はこう話した。

「3年前にこの条例をつくるときには、赤ちゃんポストの構想が頭にありました。条例制定の翌年、2024年には職員に慈恵病院視察に行ってもらいました。そして、具体的な調査を外部機関に委託する費用として初めて予算案を提出したのが2025年5月でした」

2025年秋にはこども部の幹部職員、赤ちゃんポストの設置先となるりんくう総合医療センターの病院長はじめ関係部署の職員が第一陣として慈恵病院と賛育会病院を視察。今年2月には、市議会議員団と千代松市長が熊本市に足を運んだ。千代松市長は慈恵病院で内密出産によって生まれた赤ちゃんを直に抱き、「命の重みを改めて感じた」と覚悟を吐露した。