「ふるさと納税」裁判で国と全面対決
頻出する嬰児殺害・遺棄事件を前に、「赤ちゃんの尊い命を守りたいのは当然」という千代松市長の言葉に頷かない首長はいないだろう。だが、全国の市長・区長(東京23区を含む)は815人。都道府県知事と合わせると862人の地方自治体のトップの中で、自ら赤ちゃんポストの設置を宣言した首長は泉佐野市が初めてだ。
常識的な政治家なら二の足を踏む事業に乗り出そうとする千代松市長とは、いったいどういう政治家なのか。
2011年の初出馬から連続当選し、現在、4期目を務める。その手腕が強烈な印象とともに知られた出来事が、「ふるさと納税」裁判だった。
2008年に総務省が地方分権改革の一環としてふるさと納税制度を開始すると、泉佐野市は積極的に参加。しかし、2019年、50億円を超えるふるさと納税を集めた12の自治体を総務省が制度から排除。この判断を違法だとして泉佐野市が国を訴えた裁判だ。
最高裁まで争い逆転勝訴したことを、千代松市長は「国と自治体の真に対等な関係をめざす闘いだった」と語っている。それは、2000年に地方分権一括法が施行し、国と地方の対等な関係が定められた。にもかかわらず、地方交付金と引き換えに国に従属させられるような支配関係への反発だった。
常識破りな市長の「政治家1年目」
同じ時期にふるさと納税のことで総務省から目をつけられた他の自治体が、総務省に謝罪に出向いたというエピソードと比べると、泉佐野市が総務省を相手取って起こした民事訴訟がいかに異例だったかがわかる。言い換えれば、千代松氏はそれほどに常識にとらわれず、正当だと考えたことに徹底して挑むタイプだということだ。
市長選に出馬する前は2000年から4期、泉佐野市議(自民党)を務めた。その間、議員職と並行して二つの大学院でビジネス、会計、地方自治に関する論文を書いている。
泉佐野市で生まれ育ち、同志社大学を卒業する頃には政治家を目指したという。だが、地方政治家として踏み出した2000年当時、泉佐野市の財政は危機にあった。

