「匿名性」をめぐる病院と行政の溝
日本の赤ちゃんポストの抱える構造的な矛盾、それは、「匿名で赤ちゃんを預け入れることができる」という主旨とは裏腹に、預け入れられた赤ちゃんは児童相談所に一時保護され、児童相談所が児童相談所の責任として親を探すという逆さまな流れのことを指す。
こどもやその家庭が抱える問題を解決するために、生活環境、生育歴、家族関係などの要因を専門的な視点で調査・分析することが、児童相談所運営指針に定められているからだ。すでに赤ちゃんポストが運用されている熊本県では、預け入れられた赤ちゃんについて棄児と同じ扱いをするという判断が下された。
孤立した妊娠女性の差し迫った事情を考慮すると、「匿名」での預け入れは譲れないという慈恵病院と、児童相談所運営指針に則って、赤ちゃんポストの赤ちゃんも特別扱いはしないと決めた児童相談所。「匿名性」をめぐって両者間には分かり合えない関係が続いてきた。
「こういうことこそ行政の仕事」
同じ轍を踏まないやり方が、果たして泉佐野市では可能なのか。この問いに対して、千代松氏はほとんど開口一番、冒頭の言葉を述べたのだった。
現実には、矛盾問題はまだ調整中のようだ。
泉佐野市は児童相談所を設置していないため、泉佐野市の赤ちゃんポストに預け入られた赤ちゃんを一時保護する役割は、大阪府が管轄する子ども家庭センター(児童相談所)が担う。
つまり、一時保護した赤ちゃんの親を探す、養育環境を検討する、といった方針は、泉佐野市の一存では決められない領域なのだ。
しかし、千代松氏は激しさを含んだ口調でこう続けた。
「あれもできない、これもできないとできない理由を探すよりも、どうやったら実現できるかを考えるのが大事やないですか。熊本の慈恵病院さんが民間病院ながら大変な苦労をされて19年も続けてこられた。でも、本来、こういうことこそ行政の仕事やと思います。私は政治家として絶対に実現する、この気持ちは揺るぎません」
思い返せば、慈恵病院が2007年に日本で初めての赤ちゃんポスト(「こうのとりのゆりかご」)を設置したことは、センセーショナルな“事件”だった。匿名で赤ちゃんを引き受けるという構想が報じられると、「命が守られるのなら」「親を知らずに育つのか」と、相反する答えの出ない思いに社会は揺さぶられた。

