※本稿は、真壁昭夫『知らなかったでは済まされない 行動経済学の話』(高橋書店)の一部を再編集したものです。
給与や待遇がよくても不満が出る理由
【木村幸輝(以下、木村)】「先生、最近ちょっと深刻なんです。計画が遅れるのも問題ですが、それ以上に若手の離職が続いていて……。正直、焦っています。競合と比べても給与はむしろ悪くないはずなのに、なぜ辞めてしまうのか理由がわからないんです。会議室で彼らの席が空いていくたびに、自分のマネジメント力を疑わずにはいられません」
【真壁教授(以下、教授)】「なるほどな。君は給与や待遇の『絶対額』で説明しようとしているが、人が組織に残るかどうかを決めるのは、額面だけではない。行動経済学で言う『組織的公正』(※1)が揺らいでいる可能性が高い」
【木村】「組織的公正……。つまり、数字よりも“公平に扱われているかどうか”が大事だということですか?」
【教授】「その通りだ。人は『自分が大切に扱われている』と感じられなければ、どれほど給与が良くても不満を抱える。逆に、給与が平均より少し低くても『プロセスが公正である』とわかれば、信頼して働き続けることができる」
※1 組織的公正:組織での意思決定や処遇が公平だと感じられる状態。グリーンバーグが研究。
「分配的公正」と「手続き的公正」とは
【教授】「公正さには二つの側面がある。まずは『分配的公正』(※2)。給与や昇進といった“結果”が公平かどうかだ。人は自分の努力と報酬の比率を、常に同僚と比べている」
【木村】「確かに……。先日も打ち上げの帰りに、若手が『あの人と自分は同じくらい働いているのに、なぜ評価が違うんだろう』とこぼしていました。僕は笑って流してしまったんですが、あれは相当な不満だったのかもしれません」
【教授】「もう一つは『手続き的公正』(※3)だ。これは結果そのものよりも、“どうやってその結果が決まったのか”というプロセスの公平さを指す。たとえ結果に多少の不満があっても、その決定プロセスが透明で一貫性があり、本人の意見を聞く場が設けられていれば、人は納得しやすい」
【木村】「逆にプロセスがブラックボックスだと、どんな結果でも『不公平だ』と感じるわけですね」
【教授】「その通り。広告会社に限らず、飲食業でもシフトの割り振りが“店長の気分次第”と見なされると不満が爆発する。不動産営業でも、歩合給の算定基準が曖昧だと、どれだけ稼いでも『正当に評価されていない』と感じて人が離れる。公正さは業界を問わず、人間の根源的なニーズなんだ」
※2 分配的公正:報酬や資源の分配が公平だと感じられる状態。社会心理学や経済学で研究。
※3 手続き的公正:意思決定の手続きやルールが公平に運用されていると感じられる状態。ティボーとウォーカーの研究に始まり、リンドとタイラーたちが発展させた。

