いま組織に求められるのは「歩み寄る力」
一方で、組織の舵取りを担う幹部側はどうでしょうか。最新のSNSにも長けているという人の方が例外であって、不慣れな最新メディアやITに精通している必要はありません。ただ自分たちが知らないところでどのような変化が起き、何が流行っているのか、その実態に関心を持つ姿勢は不可欠です。
哲学者ソクラテスや孔子が説いた「無知の知(自らが無知であることを知る)」は、より上位の経営判断をするためには重要だと思います。これまでのように「優秀な人材を選別している」という自負に固執し、最近の若手を「宇宙人だ」と突き放し、その実態に向き合わないことは組織に危機を招きかねません。
若手社員が「コスパ(費用対効果)」や「タイパ(時間対効果)」を重視し、仕事においても他人からどう見られるか、何より自分を承認してくれることを求めるといった行動特性があること。それを上司が否定的に捉え、若手も上司を拒絶するという、正に「断絶」が起きていないでしょうか。
組織におけるコミュニケーションの重要性はいうまでもないかもしれませんが、それは単に「トップダウンの指示」や「情報の共有」であってはなりません。ここまで論じてきたような、多様な価値観やライフスタイルという、どちらかといえば一致団結の逆方向へ拡散しかねない現代において、コミュニケーションのあり方も変革する必要があります。
若手の「常識不足」は経営陣の「対話不足」
社長の言葉を動画化したり、社内SNSを作ったり、さまざまな努力はすでに始めていることでしょう。そういった文字通りのコミュニケーションも良いですが、視点を変えて「教育研修」についてはどうでしょうか。教育研修の役割を今一度顧みて、その役割の再定義をすべきではないでしょうか。
「SNSでの投稿は禁止です」
「機密情報を漏らしてはいけません」
このように単にSNS禁止令を出したところで、そもそも「何が機密か」「なぜSNSがいけないのか」という感覚が欠如している層には響きません。
教育研修をただの研修として捉えるのではなく、課題や意思疎通を改善する機会と捉えるのです。常識がない若手に常識を教えるだけでなく、なぜ経営者が「常識」を求めているのか、ちゃんと教える機会はあまりないように思います。
「知っていて当然」「言わずともわかる」という前提が消えようとしている今、なぜその「常識」が必要なのかを、同じ目的を持つ仲間として言葉を尽くして伝える。その丁寧なプロセスこそが、今求められています。

