大谷が贈った6万個のグローブ

大谷選手との関係性では、日本でもグローブが話題になった。

2023年11月、当時フリーエージェントだった大谷選手は、日本全国の小学校約2万校に子ども用グローブ約6万個を寄贈すると発表した。この動きはESPNでも取りあげられている。大谷選手は、「子どもたちが野球をきっかけに、毎日を元気いっぱい楽しく過ごしてもらえたら嬉しいです」と当時コメントしている。

寄贈されたグローブは、すべてニューバランス製だった。通常のスポンサー契約であれば、選手の名前やロゴを広告に使うことで企業側は満足する。だがニューバランスは、大谷選手が自ら企画した社会貢献活動に対し、6万個のグローブの製造・提供という形で応えた。選手の想いを一緒に形にする「パートナーシップ」の哲学が、ここでも貫かれている。

大谷翔平選手。スパイクやインナーなど、ニューバランスの用具を身に着けている。
大谷翔平選手。MLB公式サプライヤーはナイキだが、個人契約としてスパイクやインナーなど、ニューバランスの用具を身に着けている。(写真=David/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

大谷選手はニューバランスとともに、自身のシグネチャーコレクションにも乗り出している。米スポーツ・イラストレイテッドが挙げるように、試合中に着る高機能なオンフィールド・ウェアはもちろん、上質なコットンの服やナイロン素材のジャケットなど普段着として使えるカジュアルウェアや、大谷選手専用に設計された野球用スパイクなど、頭からつま先まで全身を揃えられるラインナップになっている。

バスケットボールでは選手のシグネチャーモデルを販売することは珍しくないが、選手向けのスパイクなどを除き、野球選手が自身のフルラインのコレクションを消費者向けに展開する例はほとんどない。大谷ブランド初のシグネチャーシューズ「Ohtani 1」の「Lab Work」カラーウェイ(カラーバリエーション)は、ほとんどのサイズで即完売。前例を打ち破り選手の意向に応える積極姿勢で注目を集めた。

100億ドル規模で「少数精鋭」は通用するか

ニューバランスが成長するにつれ、少数精鋭の哲学はどこまで貫くことができるのか。

スニーカー業界に詳しいマイク・サイクス氏は、ビジネス・オブ・ファッションの取材に対し、100億ドルへの成長余地は十分にあるとしつつも、「もっと大きな声」が必要になるかもしれないと指摘する。少数精鋭の控えめなスポンサー展開では限界が来るとの読みだ。

同氏はレナード選手にも触れ、「ブランドの最も有名なアスリートであるカワイ・レナードは、スポーツ界で最も寡黙な人物だ」と述べた。武器にしてきたはずの寡黙さも、規模を追う局面では裏目に出かねないとサイクス氏は考える。

現在のところ、ニューバランスは順調に拡大している。直販比率は2019年の35%から2025年3月には50%に達し、年間100店舗以上の新規出店と世界3000店舗の改装が同時に進む。コラボレーションマーケティング専門家のビマ・ウィリアムズ氏は、同社が重視するアスリートに合わせたストーリーテリングを、一般消費者向けのライフスタイル領域へ広げるべきだと提言する。少数精鋭で育んだ個性重視戦略を、事業が急拡大するこの局面でどう守るのか、試されている。

ニューバランスは現在のところこの問いに、非上場であり続けるというやり方で応えている。同社CMO(最高マーケティング責任者)のクリス・デイビス氏はファスト・カンパニーの取材で、目指すのは「世界最大のブランド」ではなく、「世界最高であり、そして最もブティック的でもあるスポーツマーケティングブランド」だと断言する。

ウォール街(株主)にも四半期決算にも追われない分、腰を据えて判断できるのだというのが同氏の考えだ。社内の合言葉は、「ヘリテージ(伝統)ブランドではなく、ヘリテージを持つブランド」。過去の遺産に頼りきらず、歴史を誇りながらも未来へ向けた革新を重視するブランドだ。120年の歴史を胸に、次の100億ドルの大台を自らのペースで追う。