バスケ専門の部署すらなかった
ニューバランスの勢いを支える要因の一つが、ユニークなスポンサー展開だ。
ナイキが圧倒的に支配するNBA(米プロバスケットボールリーグ)で、ニューバランスが事業の「顔」にあえて選んだのは、リーグで最も寡黙と言われる男だった。2018年11月に複数年契約を結んだ、カワイ・レナード選手だ。
なぜ彼だったのか。「米ヤフー!ファイナンス」の取材に対し、同社グローバル・コンシューマーマーケティング責任者のパトリック・キャシディ氏はこう語っている。求めていたのは、「クリエイティブなビジョンを持ち、起業家の精神でバスケ部門の立ち上げを共に担ってくれる人物」だった、と。
レナード選手は初顔合わせの場で、なぜいまバスケに投資するのかと、スポンサーであるニューバランス側に遠慮なく質問をぶつけてきた。これがかえってキャシディ氏の好感を買ったという。「開口一番、遠慮なくずばりと質問してきた。『この男はちゃんと下調べをしてきたな』と思ったよ」と振り返る。
当時、ニューバランスにはまだ開発完了したバスケットボール製品もなければ、バスケを専門に扱う部署すらなかった。それでもレナード選手と「すでにビジョンを共有し始めていた」と、キャシディ氏は当時を振り返っている。
商品の付加価値は「選手の個性」
ニューバランスは、この寡黙な個性をそのままマーケティングの武器にした。
トロント・ラプターズへの移籍会見に臨んだ2018年、自身の性格について尋ねられたレナード選手は、独特の単調な声で「I'm a fun guy(俺は楽しい奴だよ)」とコメント。直後に発したロボットのような「アーアッアッアー」との不思議な笑い声とともに、SNSの話題をさらった。この一言を、キャンペーンの核に据えたのだ。
ニューバランスはNBAオールスターウィークエンドにCMを打ち、トロントの商業施設イートンセンター上空の看板に腕を組むレナード選手と「fun guy」の文字を掲げた。このフレーズをあしらった限定Tシャツを求めて店頭には行列ができ、わずか数分で完売した。
選手の個性をそのまま押し出したシンプルなマーケティングは、こうして大成功を収める。翌2019年、ラプターズがNBAファイナルを制したころ、ファン間でグッズの売買ができるリセール市場でもニューバランスへの需要が殺到した。
米ファッション業界専門誌のウィメンズ・ウェア・デイリーによると、ファン向け取引プラットフォームのストックX(StockX)では、ラプターズのカワイ・レナード選手の名を冠した専用モデル「997S」の価格が急騰。ファイナル前の256ドル(約4万800円)から417ドル(約6万6500円)へ63%跳ね上がり、「OMN1s」も530ドル(約8万4500円)から855ドル(約13万6300円)へ61%値上がりした。
こうした変動はファン間の二次販売サイトにおける価格差であるため、差額がニューバランスの収益となるわけではない。それでも、選手の個性とシューズの需要が連動していることを物語る、ニューバランスらしいエピソードだ。
