“甘え上手”で愛される末っ子気質

悠仁親王は、秋篠宮家の長男ではあるものの、上には2人の姉がいる。しかも、その姉とは年齢がかなり離れている。上の眞子元内親王とは15歳、下の佳子内親王とは12歳違う。

これだけ年齢が離れていれば、悠仁親王は姉たちにかなり甘やかされながら育ったことが考えられる。親の場合だと、子どもを甘やかしてばかりはいられないと厳しく接することもあるかもしれないが、姉たちともなれば、そんなことは感じない。「かわいい弟だ」と徹底して甘やかすのだ。

そうした姉弟構成の人物として石破茂元首相がいることについてはすでに触れたことがある。石破元首相も2人の姉がいる末っ子男子で、姉たちとは16歳と15歳離れていた。石破内閣に対する支持率が低かった背景には、そうした元首相の生まれが関係していたに違いない。

末っ子として育ってくれば、人に甘えるのは当然だと考えるようになる。甘えん坊でない末っ子という存在は考えられない。

甘え上手であるために、他人からは愛される。したがって、末っ子はアイドルには向いている。

上に兄がいる末っ子男子は、兄に対する反発心が強く、それでスポーツの選手に向いている。サッカーの日本代表などは末っ子がほとんどを占めているはずだ。それは、プロ野球についても言える。プロ野球で第1子が活躍するとしたら、それは各チームのエース・ピッチャーの場合である。江川すぐるや松坂大輔がまさにそうだった。

第1子が適格である立場とは何か

悠仁親王が秋篠宮家において最初に生まれた子ども、すなわち長子であったとしたら、そのかもしだす雰囲気はかなり違ったものになっていたであろう。究極の甘えん坊にはならず、他の人たちを引っ張っていく人物になったに違いない。

ちなみに愛子内親王の父である今上天皇は、3人兄妹の第1子である。上皇になると、7人姉弟の5番目だが、下には弟と妹がいる。昭和天皇は3人の弟がいる第1子だった。

上皇には、夭折ようせつした人物を含め4人の姉がおり、その点ではかなり甘やかされたのではないだろうか。本来なら天皇として慎まなければならない生前退位の意向をもらし、それを実現に向かわせたのも、そうした生まれ順が影響していたのではないか。我慢を強いられる第1子にはできないことだ。

雅子皇后も第1子である。天皇や皇后として人を引っ張っていくには第1子が適格なのだ。それは、ヨーロッパの王室でも認識されていることである。

皇后陛下(2019年5月撮影)
皇后陛下(2019年5月撮影)(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

これもすでに述べたことだが、現在のヨーロッパのほとんどの王室では、男子が王位を継承するのではなく、「男女を問わず第1子が継ぐ」ことが原則として確立されている。

そこには、男女は平等であるという考え方も示されている。だが、国のトップに立ち、国民を率いていく存在としては第1子がふさわしいという考え方も、そこには深く関わっているのではないだろうか。