クマが人間を「食べもの」と認識する過程

――クマが人間を襲って食べるのも、学習によるものなのでしょうか。

クマからすると、山の中で人間はただ面倒くさい存在であって、食べものとして認識はしていません。けれど何かのきっかけで「あの動物は食べられるんだ」と学ぶと変わってきます。

最初は遭難した方の遺体をたまたま食べただけかもしれない。けれどそこで「人=食べもの」あるいは「人=食べものを持っている存在」という認識ができてしまうと、次は人を見たら襲ってやろう、食べてやろうとなりかねません。

だからこそ、食害が発生した場合、そのクマは絶対に駆除しなければなりません。

――そうした学習をしてしまったクマをそのままにしてはいけない、と。

さらにいえば、人里に出てきて「人間は何もしてこない」と学んだクマも本来は排除すべきです。今は実害がなくても、その先にエスカレートする可能性がありますから。

北海道では事故を起こしたクマの遺伝子情報をデータベース化しているのですが、それにより、昨年駆除されたクマが実は4年前にも女性を襲った個体だったと特定されました。やはり一度出てきてしまったクマは排除するしかないんです。

ツキノワグマ
写真=iStock.com/Ivan_Sabo
※写真はイメージです

母から子に受け継がれる行動パターン

――ここまでは個々のクマの学習についてのお話でしたが、学んだことが世代を超えて受け継がれていくことはあり得るのでしょうか。

クマは生まれてから1年半は母親と一緒にいて、食べられるものや安全な場所、冬眠のやり方などを学びます。その影響が非常に大きいんですね。

面白い研究報告があって、クマが木の皮を剥いで食べる「樹皮剥ぎ」という行動は、森の中のクマがみんなやるわけではなく、特定のメスの家系しかやらないんだそうです(※)。つまり、母親から教わったクマはやるけど、教わらなかったクマはやらない。それぐらい、母親から学んだことがその後の生活のベースを決定するんです。

※北村芙美(京都大学大学院農学研究科)、大西尚樹(東北支所生物多様性研究グループ)「針葉樹の樹皮を剥ぐツキノワグマの特徴

――ということは、もし母グマが「人里は危険ではない」と学んでいれば、子グマもそう学んでしまう。

そうなんです。そしてもうひとつ注目すべき要因があります。クマのオスはメスを発情させるために子殺しをすることがあるんですね。ですから、子連れの母グマはオスを必死に避けようとします。

北海道の知床半島では、昆布番屋の周りに親子グマが多くてオスがいないことが観察されています。スカンジナビア半島でも、繁殖期にメスが人のいるところの近くで子育てをすることが知られている。オスへの警戒心と人間への警戒心を比べたときに、人間のほうが“マシ”なんでしょう。

まだ本州では実証されていない仮説ですが、ここ5年、10年で警戒心の低いクマが急激に増えてきた背景には、同じことが起きている可能性はあると考えています。集落の周辺で母グマが子育てをし、そこで育った子が「人間は怖くない」と学び、さらにその子もまた集落の近くで育つ。こうした世代を超えた蓄積が進んでいるとすれば、非常に怖いことです。