AO入試が変えた大学経営と体育学部の乱立

AO入試実施の背景には、1985年の臨時教育審議会第一次答申以降、91年の中央教育審議会答申、93年の大学審議会報告などがある。そこでは個性重視の選抜を実現するために、詳細な書類審査と面接試験を組み合わせた評価尺度の多元化に基づいた制度化を挙げていた。

そのため、社会人入試や帰国子女入試などさまざまな入試形態を包含しながら発展していく。スポーツ推薦入試も例外ではない。従来の推薦入試に加えてAO入試の枠組み内でも「スポーツAO入試」などの名称で多用されていく。1990年代初頭に導入されたAO入試は、学力試験のみではない入試方式の拡大であり、結果的にはスポーツ推薦入試拡大の追い風となっていった。

この時期、文部省は18歳人口の減少を背景に大学定員の抑制を図っていたが、医療分野や福祉分野、情報分野など、時代の要請に合った実学的な学部・学科の新設は特例的に認めていた。こうした流れのなか、2000年代以降に「体育・スポーツ科学系学部」の開設が増えていく。