なぜ日本企業はお金を貯め込むのか
こうした余剰資金は、将来の資金需要に備えるための資金とされるが、このようなキャッシュリッチの会社が他社の買収対象になると、買い手企業にとって余剰資金は大きな意味を持つ。
買い手が支払わねばならない買収価格が事実上割引になるのだ。現預金等の部分はすぐに現金化できる資産で、買い手企業は買収時にこの資産を手に入れていつでも使うことができる。
会社を買うとその会社に現金が詰まっている金庫が置いてあり、その金庫のお金も使えるので、実質的に買収に費やしたお金の一部が戻ってくるのと同じ効果を持つ。キーエンスも任天堂も、現預金等の残高は自社の時価総額(2025年10月時点)の15%~20%に相当する。
時価総額で買収できると仮定するなら、15%引きあるいは20%引きで会社を買える計算になる。
企業によって、事業に必要な分を超えた多額の現預金等は社内に持たない方針の会社もあれば、いつでも使える流動性の高いお金を社内に保有しておく方針の会社もある。社内に持たない方針の会社は、利益の大部分を配当として株主へ払い出してしまえばよいだけだ。
米国企業は余分な現預金等は持たないケースがほとんどだ。必要ならそのときに資金を調達すればよいという考え方だ。従来の日本企業は社内にお金を多額に保有することを選ぶ傾向が強かった。いつでも使えるお金を持っているほうが安心というわけだ。
キャッシュは「盾」になるか「重荷」になるか
パナソニックや日立製作所などの業界を代表するような大企業でも、1990年代の半ばごろまでは、現金化してすぐに使えるお金(現預金・定期預金・有価証券などの短期投資)を月商の3カ月~4カ月分ほど保有していた。しかし、その後こうした資産の保有は減らしている。
社内に多額の現預金などを保有してきたのは、かつての苦い経験が反映していたのだろう。
企業に回される資金が潤沢ではなかった時代には、金融機関が重要な産業向けに資金の配分を決めるのが通例で、大企業といえども必要な金額をタイミングよく調達できるとは限らなかったのである。
ただ、預金や有価証券の採算は低い。預金の金利率の水準は低く、有価証券等での運用は高いリターンを常に望めるわけではない。プロの投資家が株式等で運用するのとは異なるのだ。
したがって、本業の設備投資等に比べて、投資採算が低くなるのは致し方ないのだが、あまりに現預金・有価証券等への投資のウェイトが高くなると、会社全体の投資に対する利益率を下げてしまう。
たとえば、キーエンスの場合、2025年3月期には総資産の84%を占める現預金・有価証券・投資有価証券の保有から生じる受取利息および持分法による投資利益の合計額は143億円だったが、事業への設備投資や運転資金投資から生じる営業利益は5498億円だった。



