現実にはない色彩で革命を起こした
これがどれほど革命的だったか、考えてみてほしい。
それまでの画家たちは、現実を正確に写し取ることに心血を注いでいた。いかに本物に近づけるか。いかに目に見える世界を再現するか。それが絵画の使命だった。
悲しみを描くなら、悲しみの色を塗ればいい。怒りを描くなら、怒りの色を塗ればいい。現実と違っていても構わない。空間が歪んでいても構わない。
大切なのは、その感情が伝わるかどうか。
この考え方は、後の美術史を大きく変えることになる。ゴッホが切り開いた道の先に、表現主義や抽象絵画が生まれていく。
だからこの絵の色は、すべて間違っていて、すべてが正しいのだ。
見たままを描くことが美術だった時代に、ゴッホは感情を描いた。
一見「上手くない」セザンヌの絵
この絵を見て、どう思うだろうか。
山があり、木々があり、建物がある。しかし、何かがおかしい。
全体的にカクカクしている。
輪郭はぎこちなく、色の塗り方も粗い。
子供が描いたような、あるいは、まだ絵を習い始めたばかりの人が描いたような……正直に言って、下手な絵に見える人も多いだろう。
美術館でこの絵の前に立っても、「なぜこれが名画なの?」と首をかしげながら、足早に通り過ぎてしまうかもしれない。
実際、この絵が描かれた当時、人々の反応もまったく同じだった。
1903年、ある批評家はセザンヌの作品についてこう書いている。
「もしセザンヌ氏がまだ乳飲み子であれば、この落書きも許されるだろう」
(Rochefort Henri,《L’amour du laid》,L’Intransigeant, n°8272, 19 ventôse, lundi 9 mars 1903, p.1. : )※翻訳はオリジナル
しかし、こうした彼の「落書き」が、美術史を根底から変えることになる。
セザンヌは、わざとカクカクに描いた。下手だったのではない。彼にはある確信があったのだ。セザンヌはこう語っている。
「自然の中にあるものはすべて、球体と円錐と円柱に従って肉付けされる」
(引用『西洋美術の歴史7 19世紀――近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ』尾関幸、陳岡めぐみ、三浦篤著、中央公論新社)


