異様な色彩で描いたカフェ店内

深夜の居酒屋。酔っ払った客たちがテーブルに突っ伏し、中央にはビリヤード台が置かれている。白い服を着た店主が、所在なげに立っている。

しかし、何かがおかしい。

壁が赤いし、天井が緑。床は黄色く、ランプの周りには不気味な光輪が広がっている。家具は歪み、空間全体がどこか不安定に見える。

現実の居酒屋が、こんな色をしているはずがない。

この絵の色は、すべて間違っている。しかし、ゴッホはわざと変えたのだ。

ゴッホといえば、渦巻くような筆致、ぐるぐると回る星空を思い浮かべる人が多いだろう。あの独特のタッチが彼の革新だと思われがちだ。

しかし、ゴッホの本当の凄さは、そこではない。

彼は色彩を自由にした男なのだ。

ゴッホ以前、絵画における色とは、現実世界を再現するための道具だった。肌には肌の色を、空には青を、木には緑を。見たままの色を、見たままに塗る。それが絵画の常識だった。

ゴッホはその常識を破壊した。彼は色を、感情を表現する道具に変えたのだ。

ゴッホ『夜のカフェ』
『夜のカフェ』(1888年)作家:フィンセント・ファン・ゴッホ(画像=イェール大学美術館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

人間が罪を犯している退廃と狂気

『夜のカフェ』について、ゴッホ自身がこう語っている。

「赤と緑によって人間の恐ろしい情念を表現しようと努めた」

「僕は《夜のカフェ》という絵で、カフェ(居酒屋)とは人が身を持ち崩し、気が変になり、罪を犯すところだということを表現しようと努めた。つまり、柔らかいピンク、鮮紅色、ブドウの搾りかすの赤のコントラストによって、また硬い黄緑と青緑とコントラストをなすルイ15世風、ヴェロネーゼ風の柔らかな緑、これら全てを地獄のるつぼと白っぽい硫黄色の雰囲気の中に放り込むことによって、居酒屋の闇の力のようなものを表現しようとした」

(引用『西洋美術の歴史7 19世紀――近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ』尾関幸、陳岡めぐみ、三浦篤著、中央公論新社)

赤い壁と緑の天井。この補色の組み合わせは、見る者に不安と緊張を与える。ゴッホはそれを知っていた。だからこそ、この場所に漂う退廃と狂気を表現するために、あえてこの色を選んだ。

現実のカフェの壁が何色だったかは、もはや問題ではない。ゴッホが描きたかったのは、居酒屋の「見た目」ではなく、居酒屋の「闇」だったのだ。