第二次安倍政権時、突然の離婚
平成29年7月19日、山本拓と高市は、突然離婚する。
この時山本は、安倍総理と距離がある自分の存在が政治家・高市早苗の将来にとって好ましいものではないと思い、自ら離婚を切り出したという。
第二次安倍政権が発足して以来、高市は、自民党の政調会長、そして総務大臣と要職を歴任していた。
一方、山本は、平成23年に清和政策研究会を退会して以来、無派閥の議員として活動していたが、平成26年になり、二階俊博が会長を務める志帥会に入っていた。
高市は、安倍総理のことを「安倍ちゃん」と呼ぶほど、付き合いが深く、政治信条も近かった。一方、山本は、清和政策研究会のなかでは、福田康夫元総理に近かった。平成24年9月の総裁選でも、高市と山本の対応は分かれた。
高市は安倍を支援したが、山本は石破茂を支援していた。
山本が語る。
「安倍さんがわたしに対して良い印象を持っていないという話もありましたから、籍を外した方が高市にとっても良いと思っていたんです」
山本が離婚を提案すると、高市は話の流れのなかで、応じた。
「夫婦じゃなくなったら、あなたは、もっと楽になれるんだよね。あなたがそういうならいいわよ」
「離婚はわたしが至らなかった」
高市は、この時、「わたし、ショックなんよ」と漏らして、マスコミに次のように答えている。
「一言で言えば、わたしのせい。わたしが至らなかった。主人は奔放な発言をするタイプなのに、言いたいことが言えない。それはわたしが閣内にいるから。その辛さに気づいたのが、2週間ほど前です」
それまで高市と山本は、赤坂の議員宿舎に2人で住んでいたが、たまたま隣室が空いていたので、山本が隣室に移ることになった。
その時、高市は山本に言った。
「食事は、どうしたらいいの?」
「それは、これまで通り俺が受け持つよ」
離婚したあとも、週に1回は、山本が高市の分まで食事をつくった。
料理が苦手な高市はカップ麺かコンビニ弁当で簡単に夕食を済ませると、深夜まで持ち帰った仕事をしており、明らかに顔色が悪くなっていた。
山本はさすがに高市のことが心配になり、高市の栄養補給に貢献した。
それまでは同僚議員から電話がかかってきた時にお互い気を遣うことも多かったが、部屋が別々になったために、そういう部分での気遣いはなくなったという。

