「女を捨てるな」と教えた厳しい母

和子は定年まで立派に勤め上げた。

高市にとっては、幼い頃に和子から繰り返し言い聞かされた事柄が思考や行動の物差しとして刻み込まれていることを感じるという。

「他人様に迷惑をかけることは、絶対にしないこと」
「職業に貴賤はないよ。汗水を垂らして真面目に働くことが尊いのよ」
「陰で他人の悪口を言わないこと。言いたいことは、直接本人に伝える。その場合も、相手の気持ちをよく考えること」
「ご先祖様に感謝をすること」

子供の頃、高市は母親の和子から「真っ赤なバラのようであれ」とよく言われた。

それは男性の多い職場で互角にやろうと肩肘を張ってギスギスせずに、常に女性らしい華やかさを失わないように、という教えであった。

ただし、間違ったことには毅然と立ち向かうトゲも持ち続けなさい、という意味も含められていた。

高市が大学を卒業して社会人になってからも、母親からそのことはたびたび言われた。さらに、政治家になっても言われた。

高市は、のちに国会議員になったばかりの頃、選挙区で活動をしているとハイヒール姿を批判された。その頃は女性の候補者は地味な格好で活動する方が良しとされていたのだ。

「あの人、ハイヒールを履いている」

現在では当たり前のことだが、当時はそれが攻撃材料となったのだ。

国会衆議院予算委員会で答弁する高市早苗首相、2026年3月3日
写真=時事通信フォト
衆議院予算委員会で答弁する高市早苗首相、2026年3月3日

ハイヒール、イヤリングで活動

しかし、高市は譲らなかった。

選挙期間中は選挙カーから飛び降りて走って有権者のもとに駆け寄ることも多い。スニーカーの方がその点でははるかに便利だ。

しかし、普段の活動では自らのこだわりでハイヒールを履いていた。

「イヤリングなんかしている」と批判されることもたびたびあった。

だが、そのたびに母親からの教えを思い出して、踏みとどまった。

「真っ赤なバラのようであってほしい。女性であることを捨てるな」

その言葉に支えられて、高市は、イヤリングとハイヒールをやめることなく続けることができた。

高市にとっては、イヤリングとハイヒールは、男性ばかりの政界で戦っていくための戦闘用のユニフォームだったのかもしれない。