「病弱」が秀吉を緊張状態にさせた

これはまさに、エグゼクティブサマリーの技術である。

データは同じでも、語り口次第でクライアントは「これは緊急課題だ」とも「様子見でいい」とも受け取る。半兵衛は情報を持っていたのではなく、解釈を支配していたのだ。

しかも、現代人より優れているのは、これを口頭でやりとげていることだ。

現代であれば、相手を圧倒するのは、まずCanvaとかでつくった格好いいスライドだ。それも、TED風ではなく、文字は多め。格好いいデザインとフォント、英語が交じった右に行くほど増えているグラフ。そして、なんだかわからないけどキャッチーな概念の造語と、定義づけ。そんなものが散りばめられたスライドを見せられながら、ピッチを聞けば、たいていの人は「この人はすごい(いや、なにがすごいかはよくわからないけど)」と納得する。

でも、半兵衛はスライドなし、口頭だけですべてをやり遂げたのだ。まさに、戦国時代のジョブズ。それも、一流コンサルが新入社員に最初に叩き込む「So what?(だから何?)」これを、半兵衛は戦国時代に、自力で体得していたのだから一流である。

そんな半兵衛だが、ブランディングの中でも秀逸なのが「病弱」設定だ。いや、実際病弱だったのだろうが、これはかなり有益な戦略だ。

病弱な自身を逆手にとって「長くは仕えられませぬ」という姿を見せつける。そうすることで、秀吉を永続的な緊張状態に置くことができる。失うかもしれない、という恐怖が、持ち続けている安心より遥かに強く人を動かすというわけだ。

いわば「今期で辞めようと思っています」と毎年告げることで処遇を改善させ続ける戦略だ。

「ピーク」で亡くなったことが伝説に

そして半兵衛は、36歳で死ぬことで、このブランディングをやりきった。

軍師たるもの、いつまでも絶好調とはいかない。長生きすれば「晩年は鳴かず飛ばず」「結局どこへ消えたのか」で終わる可能性があった。しかし早世したことで、能力の下降曲線が記録されなかった。

やはり、伝説に必要なのは、ピークで終わることなのだ。

つまり、半兵衛が現代人に伝えているのは「セルフブランディングをやるなら、これくらいやれ」という情熱である。

城を落として返す。隠遁して待つ。病弱すら武器にする。そして36歳で死んで伝説になる。FIREなんて逃げはやらない。

半兵衛に比べれば、LinkedInにキャリアを書き連ねている現代人など、まだまだ甘い。

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