「とんでもない軍師」「扱いにくい天才」と見せる戦略
だから、短く関わって、鮮やかに去る。これによって「あの人がいた時期だけ、なぜか物事がうまくいった」という神話が生まれる。次に声がかかる時、相手はもう値段を聞かない。
「どうすれば来てもらえるか」を考え始める。
半兵衛がやったことは、まさにこれだ。城を落とした。そして返した。短期・高インパクト・即撤退。あとは隠遁して待っていれば「なんか、美濃にとんでもない軍師がいるらしい」という噂は勝手に広まっていく。
あくまで、美濃の小領主の出に過ぎない半兵衛は、このままでは出世の道もつかみ取れないとわかっていた。だからこそ、この捨て身のプレゼンを実行することができたのだ。
さて稲葉山城を退去した後に、すぐに隠遁しているのも非常に作為的だ。まず、ものすごい成果を上げたことで勝手に噂が広まっていく。それを聞いてやってきた仕官の勧誘には顔も見せずに追い返す。これもまた、自分を「扱いにくい天才」と見せるための戦略だ。
普通の人材は「使いやすいこと」で評価される。しかし一流の人材は逆だ。「扱いにくい」という評判こそが、希少性のシグナルになる。
「あの人は気難しいけど、結果は出す」
そんな評価が定着すれば幾らでも自分を高く売れる。相手はもう値段を聞かなくなる。むしろ、多少ふっかけてもクライアントは「さすが、偉い先生だ‼」と気むずかしい先生に大金を払って仕事を頼むことができた自分を誇りに思ってくれる。
秀吉という“バッファ”を挟む
このことを半兵衛は的確に計算していたに違いない。
とにかく周囲が「癖が強くても有能なのでぜひ欲しい」と、認識した時点で、そのキャラクターは自律的に機能し始める。本人が演じているのか、本当にそうなのか……現代のコンサルでもありがちだが、半兵衛自身もわからなくなっていたのではないかと思う。
そんな半兵衛の仕官の応じ方も秀逸だ。実質的に半兵衛が仕えたのは秀吉である。信長ではない。史料によると、当初は信長の直参として仕官、後に秀吉の旗下に入ったとされるが、行動を共にしているのはほぼ秀吉である。これが決定的に優れている。
信長直属になれば、確かに格は上がる。しかし同時に、信長の機嫌・戦略転換・粛清リスクに直接さらされる。実際、信長=すぐに怒って粛清する魔王というのは、間違った見方。でも、面倒なのは確かである。
なにしろ急成長しつつあるスタートアップのトップである。現代のようにSlackがあるわけではないから、いちいち顔を合わせて説明するのにも手間がかかる。せっかくの軍略も、いつも採用してもらえるとは限らず宝の持ち腐れだ。
そこで、半兵衛が選んだのは「秀吉というバッファを挟む」仕官だったのだ。

