フィクションという説

じつは、秀吉が華々しく成功して出世への足がかりをつかんだきっかけとして、よく知られている「墨俣一夜城」の逸話に対しては、フィクションだとする声も根強い。そう主張する側の最大の根拠は、織田信長の事績を細かく記録した太田牛一著『信長公記』が、「墨俣一夜城」に一言も触れていないことにある。

墨俣一夜城については、どこに書かれているのかというと、江戸時代初期にまとめられたとされる『武功夜話』だが、この史料に対しては、「創作だ」「ニセモノだ」という声が絶えないのである。だが、ともかく、どんな史料なのか説明しておきたい。

愛知県江南市前野にある吉田家(前野姓から改姓された)から昭和34年(1959)に発見されたという『前野家文書』の一部が『武功夜話』で、そこには、墨俣一夜城が築かれた経緯がかなり具体的に書かれていることがわかった。活字化され、昭和62年(1987)に出版された際には、戦国史をひっくり返す衝撃的な史料として注目された。