粉々に砕かれた国会議員のバッジ

安倍は左脇を腕でぐっと締めつけながら演台を下り、膝を地についてうずくまった。弾丸が左の上腕から体内に入ったのだ。弾は一気に左右の鎖骨の下にある動脈を傷つけ、安倍は意識を失った。ジャケットの左胸に留めていた国会議員のバッジも、被弾して粉々に砕かれていた。

2発目から2秒後。「中州」のガードレールを乗り越えて決死の形相で駆け寄った警護員の一人が、男の右腕をつかんだ。その直前、男はもう用済みだというかのように、手にする黒い物体を路上に放り落とした。すぐに2人目も加勢し、滑り込むようにして脚をつかむ。倒され、抑え込まれた男は、無抵抗で無表情だった。

「え?」「何事?」。戸惑いの声が交錯する中、バタバタと大勢が駆け寄って安倍を囲うように人だかりができた。

「救急車!」「AED!」

陣営の関係者らが絶叫したことで、多数の聴衆は事態の深刻さに気づいた。

救急車
写真=iStock.com/gyro
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現場に居合わせたベテラン記者

事件の取材が唐突に始まるのは、いつだって同じだ。しかし、今回の初動はいつもと大きく違っていた。読売新聞の記者が一人、現場に居合わせていた。

奈良支局員として奈良県政を担当する平野和彦(45)は、運動部で長年経験を積んだベテラン記者だ。この時、安倍から見て左側の歩道上で演説を見守っていた。

政界での影響力も知名度も抜群の安倍が奈良入りするとあって、コーン標識とバーで区切った取材用エリアが設けられ、報道各社の記者が集まっていた。安倍の二度目の来県が示すように、激しく競り合う選挙戦となっていることで記者の関心は高まっていた。しかし、公平な報道が求められる中で大きく紙面で扱う予定はなく、普段通りの心境で脚立に上ってカメラを構えていた。

突如として、空気が揺れた。まるで目の前で特大の和太鼓をたたかれ、衝撃波が体の前面に押し寄せたかのようだった。