大きな破裂音がした

この時、安倍の後方にあたる南側の歩道では、眼鏡にマスク姿の男が聴衆に紛れて立っていた。演台上の安倍に控えめな拍手を送り、静かに辺りを見回していた。

「佐藤啓候補から、本当に、魂を込めた、訴えがありました。若々しい、頼もしいですね。佐藤さんは、総務省出身。でもただの、官僚ではありません。スーパー官僚だったんです」

右手でマイクを握りしめ、左の拳を訴えに合わせて振る。推す声は徐々に力強くなった。目尻を下げた柔和な表情から一変し、眉間にしわを寄せ、視線も鋭さを増した。緩急、強弱を織り交ぜる安倍ならではのスピーチ術なのだろう。聴衆は熱のこもった演説に目を凝らし、安倍の後方を気にする者はいなかった。

スピーカーによる人々のグループへの長いスピーチ
写真=iStock.com/Andrii Yalanskyi
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ちょうど11時30分。「すごいではありませんか」と、安倍が佐藤の業績をたたえて拍手が湧き起こったところで、そっと後方の男が歩みを始めた。

警戒する警察官や聴衆の誰からも制止されないまま66秒が経過し、安倍がこう一段と声を張り上げた時だった。

「彼は、出来ない理由を考えるのではなく――」

背後の道路で大きな破裂音がした。

分厚くて重い、しかし角張って鋭い、複層的な響き。パーン、という拳銃のような乾いた音ではなく、バーン、でもない。現場の人たちが後に口にした擬音語は、ドーン、が多かった。受けた衝撃の大きさも影響したのだろう。

すぐに状況をのみ込めなかった

驚きのあまり、倒れて地面で頭を打ってしまう人もいた。だが、特殊な音のせいもあって、聴衆はすぐに状況をのみ込めなかった。のちに警護状況を検証した警察庁の発表によれば、現場にいた警視庁と奈良県警の警護員ですら、「銃声だ」と瞬時に察知した者は一人もいなかった。この音を振り返って「打ち上げ花火のような音だった」と表現した警護担当者もいた。私たちの取材に対して「タイヤの破裂音」に例えた警察官もいた。

耳をつんざく発射音の残響とともに、白い煙が一気に広がった。

この瞬間、安倍の後方に並んだ自民党の参院議員や県連幹事長らは、背後で響いたあまりに大きな音と強烈な風圧で、一様に首をすくめてかがんだ。結果的に、あの男から見れば、安倍への視界が開かれる形となった。

安倍は発言を止めたが、身じろぎもしなかった。一呼吸置いてから、左肘を曲げて拳を握ったまま、ゆっくりと左回りに振り返ろうとした。

男はさらに接近し、背後5.3メートルの地点で、黒い粘着テープをぐるぐると巻いてパイプを束ねた物体を構えた。一度目の筒音から2.7秒後。再び同じ音がした。