「あいのり」は恋愛の「無駄」を丁寧に描いていた

そして、この「出会いのシステム」が消えた空白に入り込んだのが、SNSによる「可視化されるジャッジ」です。

近年、芸能人やモデル、あるいは一般人が出演する恋愛リアリティーショーが、次々と制作されています。そこでは出演者の魅力が最大限に引き出され、多くの視聴者を惹きつけるエンターテインメントとして成立していますが、同時に起きてしまったのは、恋愛という極めてプライベートな領域の「可視化とマニュアル化」です。

恋愛リアリティーショーの先駆けといえば、1999年に放送開始した「あいのり」を思い出す方も多いでしょう。当時の番組には、不器用な若者たちが長い旅路の中で悩み、失敗し、その「無駄」を通して成長していくプロセスを視聴者も共有する、いわば「共感のインフラ」としての機能がありました。

「あいのり」のラブワゴン
「あいのり」のラブワゴン(写真=POHAN CHEN/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

現在の恋愛リアリティーショーは「最短ルート」しか描いていない

しかし、近年の恋愛リアリティーショーの多くは、限られた時間の中で「誰が選ばれるか」という「結果」と、そのための「戦略や駆け引き」に重きが置かれます。

エンタメである以上、劇的な展開や結果に重きが置かれるのは当然のことです。しかし、そこには「なぜダメだったのか」という泥臭いコミュニケーションのプロセスが描かれることはほとんどありません。こうした「正解」を求める空気は、SNSを通じて「恋愛の攻略法」の質も変えていきました。

恋愛の攻略法自体は昔から雑誌などでも特集されてきました。しかし、かつての攻略法が「どうすれば意中の相手に好きになってもらえるか」という関係構築を説いていたのに対し、現代の攻略法は、「どうすれば最短ルートで正解にたどり着くか」といった効率的な選別に変わってしまいました。

さらに深刻なのは、演出された「極端な成功例」が、パブリックイメージを乗っ取り、誠実なマジョリティの評価さえも歪めてしまっている点です。番組での洗練された振る舞いがSNSで瞬時に「正解ムーブ」としてマニュアル化され、対話を通じて埋めていくはずの「不器用さ」や「ズレ」は、「ハズレ」や「地雷」とされてしまいます。

影響は婚活の現場でも表れています。お見合いや面談の場で、目の前の相手と向き合うのではなく、「ネットにこう書いてありました」と、SNSや攻略サイトの情報を持ち出すケースが増えているのです。「効率的に正解を見つけよう」とすればするほど、目の前の相手を見る力を失い、遠回りになってしまっています。

一人の花婿とたくさんの花嫁の人形
写真=iStock.com/belterz
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