ことわざを最後まで書ききらなかった

「すし岩」には、このときのジョブズのサインが壁に掛かっている。娘がiPadを愛用しており、大西さんが「サインをお願いしたいんですが」と頼むと、ジョブズは「いいよ」と言って、すぐにサインした。

サインにはこう書かれていた。

All good things.

直訳すれば「すべての良いこと」だ。

ただ、これは「All good things must come to an end.(どんな良いことにも終わりがある)」という諺の一部でもある。「良いことはいつまでも続かない」という意味だ。

大西さんは、「ジョブズさんは死期を悟っていたのか、すべてを書かずに、この言葉だけを残したことが印象に残りました」と話した。ジョブズが店を訪れたのは、「あとにも先にも1回きりだった」と言う。

禅に親しんでいたジョブズは、「幸せの時間は短く、すぐに過ぎる。人の世は無常だ」と言いたかったのかもしれない。

親友のサインと並べて店に飾られている

その後、さすがにアメリカからデリバリーの注文はなかったが、ジョブズは友人や知り合いにすし岩を紹介していた。直接の紹介で店を訪れた客もいた。

その1人がラリー・エリソン。

企業などの業務用ソフトウェアの開発や販売などを手がけるアメリカの企業オラクルの創業者だ。ジョブズのいわば戦友であり、親友だった。

エリソンは店に来てジョブズのサインを見つけると、「なんで僕のサインがないの。僕も書くよ」と言ってサインを書いた。「ジョブズの下に飾ってくれ」と言って帰ったという。それはジョブズのサインとともに飾られた。

THE WORLD’S BEST SUSHI... FROM THE OCEAN AND FROM THE HEART(世界最高のすし……海から、そして心から)

「すし岩」にあるジョブズ(上)とラリー・エリソン(下)のサイン
「すし岩」にあるジョブズ(上)とラリー・エリソン(下)のサイン(出所=『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』)

ジョブズの仕草や言葉。そのディテールに触れることは、京都に来なければ、かなわなかっただろう。ただ、話を聞く中で、一つの疑問が浮かんできた。

「ジョブズは、どうやってこの店にたどり着いたんですか?」

大西さんに尋ねると、こう答えた。

「ジョブズさんの予約をしたのは、オオシマさんという運転手でした」

この“オオシマさん”こそ、京都の真のキーマンだった。