「野田代表を選んだ=消費減税には走らない」ではなかったのか
③「代表選で示した意思」はどこへ
政策論とはやや異なるが、最後に指摘しておきたいのは、消費減税策を採らないのは「代表選で決めた党の意思」だったことだ。
野田氏が代表に選ばれた2024年秋の代表選は、任期満了に伴い地方議員や党員も有権者に含まれる正規の選挙だった。選挙戦は野田氏と枝野幸男氏、泉健太氏、吉田晴美氏の4人で争われたが、消費減税をめぐる姿勢は、積極的な吉田氏、やや前向きな泉氏、慎重な野田、枝野両氏に分かれた。決選投票に残ったのは野田、枝野の両氏。4人の候補者のうち上位2名が減税慎重派だったことは、代表選によって「消費減税政策には安易に走らない」という党員の意思が示された、と位置づけて良いはずだ。
それが簡単に覆される。国会議員の中では一定の議論はなされたかもしれないが、置いてきぼりを食らった党員や地方議員の「私たちの投票行動は何だったのか」という無力感を、立憲の執行部はどれだけ感じていただろうか。
もともと立憲は「ボトムアップの政党」をうたってスタートした。結党当初は政党には珍しい「フェス」の開催など、党員や地方議員の政治参加を促しネットワーク化を図る動きもあった。
党勢の拡大につれ、そうした動きが取りにくくなったことを全否定はしないが、現在の立憲に党員や支持者との「双方向性」が足りなかったことが、支持者の熱量を削いだことは想像に難くない。それが周辺の無党派層や他党支持層などへの働きかけの勢いを欠いたことも、選挙結果に影響したのではないか。
消費減税は立憲の崩壊の象徴
立憲改め中道惨敗の理由は、他にも多々あるだろう。ただ、党勢低迷期の国政選挙で、党の理念も責任政党を目指す気概も安易に捨ててしまったことが、こうした結果を招いたことは否定できないと考える。立憲にとって消費減税とは、単なる経済政策の一つを超え、ガバナンスの問題を含めこの党が解決できずにいた多くの課題の象徴のようなものだった、と筆者は考えている。
中道の立憲出身勢力は、今回の敗因を安易に「公明党との合流」のみに求めて片付けてはいけない。確かに合流については、執行部ですべてを決めて短期間に全党を従わせたことへのていねいな総括が必要だが、それ以上に大きな敗因は、合流以前の立憲自身にあった。
まずはそのことにきちんと向き合った上で、公明党の出身者とともに今度こそ「真の国民政党」となり得る党組織を育て上げてほしい。それが、小さくとも野党第1党の座を維持した、中道の責任である。

