秀頼が成人する可能性
江戸時代中期から後期で、1歳未満の乳幼児の死亡率は10%台後半といわれ(※1)、成人つまり15歳程度まで生き残るのは半分程度だった。たとえば11代将軍の徳川家斉は、53人もの子をもうけたが、成人できたのは半数に満たなかった。
戦国時代には、乳幼児死亡率はさらに高かったと考えられる。事実、秀吉の実子も、すでに鶴松が数え3歳で没し、その前には石松丸が夭折していた。死亡率が高かったのは、戦乱による栄養不足などもあるが、医療が未発達で衛生環境が悪く、感染症などのリスクも高かったからだ。
したがって秀頼が成人する可能性、つまり15歳程度まで生き延びる可能性は50%に到底およばず、たとえ成人できても、その後も成長する保証はどこにもなかった。
当時、大名たち自身が上記のことを深く認識していたに違いない。秀吉と血縁のある男子が1人の幼児しかいない状況で、豊臣政権の存続をだれが確信できただろうか。当然、自分が後継者の座に就く可能性を考えた人物も、いたに違いない。
※1 鬼頭宏『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫)
家康に野心がないわけない
そこで多くの人の脳裏に浮かぶのは徳川家康だと思う。「豊臣政権サミット 2026」では、東京大学の本郷和人教授が「豊臣秀吉ほどの優秀な人が、家康の危険性にまったく鈍感だったってとても思えない」と発言した。すると、駿河大学の黒田基樹教授が「どこに危険性があるのか、私はわからない」というので、本郷教授は説明を続けた。「豊臣の直轄地が225万石。そのときになんで徳川家康に250万石もの石高を誇る関東を任せちゃったのか。このあたりが僕にはいまだにどうしてもわからない」。
守本奈実アナウンサーが「素朴な疑問なんですけど、家康はいつごろから野心を?」と疑問をはさむと、黒田教授は「いや、野心を持ってないですよ」と言い切り、「それは小説家がつくったものですよ」と付け足した。矢部教授も「秀吉が死ぬまでは(野心は)持ってない」という。黒田氏は「それは歴史小説の読みすぎなんですよ」とまで言い及んだが、テレビカメラの前で本郷教授を侮辱するかのような物言いには、筆者はかなり驚いた。
本郷教授は「野心ってさあ、だれだって持ってない?」といったあと、「歴史観というのも、根底に人間があるんでしょうね」と続けると、黒田教授がまた「いや、史料ですよ」と揶揄する。本郷教授は「史料なんてもんはいくらでもウソをつけるんですよ」と反論したが、筆者は本郷教授に同意する。
現政権の後継体制がはなはだ不安定で、いつ潰えるかわからない状況で、事実上の政権ナンバー2が野心をいだかないなど、筆者には想像がつかない。

