葬儀の簡素化と墓離れが「寺の経営」を直撃

ただ、21世紀以降、急速に広まった「継承されない墓」と、それに連動する葬儀の簡素化、ネット仲介業者による葬儀価格の見直しは、「お寺の経営」を直撃した。

僧侶でジャーナリストの鵜飼秀徳が2015年に著した『寺院消滅』(日経BP)は、葬式仏教として長らえてきた仏教が、各地で苦闘する姿が描かれている。

鵜飼は執筆の動機を友人僧侶からの「ここ松本では山間部で過疎化が進んでおり、寺を維持できなくなっています。東京などの大都市への人口の流出と地方の疲弊の流れの中に、寺院の存続問題があります」という連絡がきっかけだったと書く。

折しも、日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)が、2040年には全国の自治体の49.8%が消滅する可能性があると発表して話題となっていた頃だ。友人僧侶は、「地方都市の消滅はこれからだが、仏教界では既に寺院の消滅期に入っている」と言い、鵜飼は早速取材に入る。

『寺院消滅』は全国各地の実態を調査した労作であり、消滅の予感を漂わせながらも再興へ向けての動きも描く。僧侶である鵜飼は、《自分につながる亡き人と再会できるのが寺院だ。そこで「過去」に思いを馳せることで、自分の存在意義を確かめる。きっと再び、明日に向って歩き出せるはずだ》と、厳しい状況は認識しつつも希望を描く。

僧侶は「食えない職業」

葬式仏教は宗教的習俗で仏教徒の自覚は生まれないかも知れないが、戒名をもらって仏弟子となった親兄弟姉妹や親族を、墓や位牌といった“現物”を通じて意識することができる。

浄土をイメージすることはできなくとも、霊魂がどこかにあってお盆に帰ってくるという仏事は、故人に会いたいという気持ちに重なって受け入れられる。葬儀や法事は、宗教的儀式にとどまらず、死者と対話し自らも平穏な気持ちを得ることのできる場である。

葬式仏教にはそうした役割があるものの、その前に「寺院消滅」の現実を踏まえねばなるまい。まず各寺院の収入が減る中、僧侶のなり手がいない。「食えない職業」が淘汰されるのは自然の理だ。単一宗教宗派としては日本最大の約1万4600カ寺を持つ曹洞宗は、2023年末に発表した「若手僧侶に関する動向調査」で、「僧侶数の縮小スピードが速まっており、20年後に僧侶数は40%減少する」と推定した。