病を抱えて働き続けた15年の月日
事実、彼女は15年前から今に至るまで、ずっと働いている。それもひとえに、診察室での新井医師の支えがあってのことだった。
「彼女は、すぐ仕事を変わっていました。一生懸命に仕事をやるんだけれど、目をつけられやすいんですね。女性同士の職場だったりすると、仲間はずれにされたり、いじめをよく受けました。そのしんどさを診察のたびに彼女は訴えてきて、それをずっと支えてきました。そうやって診察のたびに支えながら、何とか半年ぐらい真面目にやっていると、上司から認められて、いじめていたパートの女性より地位が上になったりするんです」
そもそもそういう力はある人だった、と医師は続けた。
「でも、頑張りすぎちゃうので、結果として、身体を壊して辞めるということのくり返しでした。働きすぎて、手足とかがもうボロボロでした。それに加えて、もともと病気もあるわけですから。それこそ、不幸をいっぱい抱えているのに、彼女は頑張って、働くことだけはやめなかったですね」
親子関係の調整も大事な課題
彼女の危うさを、新井医師はとことん見てきたし、その危うさに寄り添い続けた。
「最初の頃は、『職場でいじめられている。どうしよう』と、目の前のことしか、見えていませんでした。安定した生活を送るにはどうしたらいいかって、切実な思いをひしひしと訴えてきました。僕としては彼女が突発的に仕事を辞めないよう、つらい気持ちを受けとめて、とにかく支えようというのが診察室でのやりとりでした。基本、一人ですからね。その孤独もわかります。それでも彼女は、働き続けたんです。そこが、分かれ目ですよ」
彼女は働き続けることで、自分で力をつけた。それが、診察室での15年の歩みだった。今の彼女は以前の彼女ではない。新井医師はそう、はっきりと思う。自分を苦しめていたトラウマを、確かに乗り越えたのだ、と。
彼女の診察では、親子関係の調整も大事な課題となった。子どもを母親から切り離すという児相の判断は正しかったにしても、子どもには母親への圧倒的な不信しか残らない。
「彼女は解離が起きてばかりという、本当に大変な時期に子育てをしていたので、子どもからは『虐待親だ』という強い非難を受け続けました。子どもが施設を退所してからのことですが、母子で揉めた時はいつも、診察室で一生懸命に話し合いながら、整理整頓していきました。とにかく、大荒れになるんです。その渦中は、とても母子関係を改善させる介入なんて不可能な状態でした」

