トヨタ自動車の豊田章男会長は、社長在任中より「MORIZO」という選手名で積極的にカーレースに出場している。なぜトップ自ら危険なレースに飛び込むのか。スーパー耐久の最終戦(富士スピードウェイ)を取材したノンフィクション作家・野地秩嘉さんが書く――。
NASCARのデモランに登場したジョージ・グラス駐日アメリカ大使とイベントを主催した豊田章男日本自動車会議所会長(富士スピードウェイ=11月16日)
撮影=プレジデントオンライン編集部
NASCARのデモランに登場したジョージ・グラス駐日アメリカ大使とイベントを主催した豊田章男日本自動車会議所会長(富士スピードウェイ=11月16日)

ママチャリでも走れる異色のサーキット場

富士スピードウェイが開設されたのは1966年だ。日産のサニー、トヨタのカローラ、スバル(当時 富士重工)のスバル1000、マツダ(当時 東洋工業)のルーチェが出た年でもある。日本のモータリゼーションが本格化した1966年に富士スピードウェイは完成し、以後、モータースポーツの殿堂としてさまざまなレースの会場となった。日本グランプリ、F1世界選手権から始まり、スーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久などが行われる。

また、自転車競技、マラソンにも使用され、なかでも人気なのが毎年、1月に開かれる「スーパーママチャリグランプリ」だ。グランプリコースをママたち、カップルが疾駆する壮絶なグランプリレースである。

今年の11月16日、富士スピードウェイではスーパー耐久の最終戦が行われていた。スーパー耐久とは自動車レースのカテゴリーのひとつで、市販の車に改造を施したマシンを用いて行う。最終戦では4時間の間にサーキットを周回して競争する形式となっている。

トヨタが「アメリカ車」として出走

同レースでトヨタはST-Qという先端技術を使うクラスに4台の車両を出走させた。うち1台のドライバーはMORIZO選手(トヨタ自動車会長の豊田章男)だ。ベースにした車はGRカローラ。液体水素を燃料とした水素エンジン車に改造してある。カーボンニュートラルの実現に向けて、これまでトヨタは水素エンジンを開発してきた。開発を続けながら、車両をレースに出走させて、車を鍛えたのである。この水素エンジンについては後述する。

スーパー耐久の最終戦と同じ日に行われたイベントが、アメリカから来たNASCARマシンのデモランだった。NASCARとはかつては四輪の市販車(ストックカー)をベースにした車で行われたオーバル(楕円形)コースを周回するレースのこと。現在の車両は市販車に似せたレーシングカーで、参戦しているメーカーはGM、フォード、トヨタの3社だけだ。アメリカ製の車だけが出走できるレースなのである。トヨタが参戦できているのはアメリカにおいてトヨタの車は「自国車」として認知されているからだ。