【TP】中国から日本に来る人は、リピーターが多いんですよ。そういう人たちはすでに秋葉原にもいったことがあるし、女の子なら「109」にもいったことがある。だからメジャーなところよりも、新しくできたショッピングセンターとか、ファッション誌の「sweet」に載るようなブランドのお店に行きたがります。

【田原】ファッションがあって、美容や旅行もある。でも、もともと中国で勉強していた医療がないですね。医療をビジネスにしたらおもしろいと思うけど、これはやらないのですか。

【TP】たしかにSNSで、おじいちゃんに「日本の有名な脳外科医を紹介してほしいから、TOKYO PANDAさん教えてください」と聞かれることはあります。そういうコンシェルジュ的なニーズはあるかもしれません。

【田原】いま日本で1番売れる本は、「健康」ですよ。健康的に痩せるとか、認知症にならないとか、『医者に殺されない47の心得』という本まである。そういう本がベストセラーになるくらい、日本では健康への関心が高いんです。そこはおそらく中国も同じでしょう。それなのに、どうしてPANDAさんは東洋医学をやめたのですか。

【TP】東洋医学が嫌いになったというのではなく、TOKYO PANDAの活動が楽しくなっちゃったんですよね。私の中では、やっとパッションを懸けられるものができた、という感じで。東洋医学のほうは、大学院を卒業して病院に研修に行ったりもしたのですが、病院にいる自分と、TOKYOPANDAとしての自分を比べると、後者を続けていきたいなと。

【田原】じゃあ、TOKYO PANDAとして東洋医学をやればいいじゃない。あなたが直接、医療行為をやるのではなくて、世界中に東洋医学を紹介してもいい。ブログでファッションと健康をやる。それはどう?

【TP】なるほど。中国の若い女の子って、健康については意外にちゃんと考えているんですよね。日本だと、冬でも女の子が肩を出した服を着ることがありますけど、中国の女の子はリウマチの心配をして、そういう服は着ないんです。そういう意味では、ファッションと健康を結びつけるのはおもしろいかもしれませんね。いきなりすごい提案をいただいたのでびっくりしましたけど、ちょっと考えてみます(笑)。

TOKYO PANDA
1984年、沖縄生まれの東京育ち。90年頃、キッズモデルなどで活動。2003年オーストラリアに語学留学。06年中国・瀋陽で生活を始める。09年12月ブログを開設、TOKYO PANDAの活動を開始。12年6月医学部修士課程を修了。13年3月活動の拠点を上海に移す。最新著は『TOKYO PANDAの旅する中国語』(中経出版)。
田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経てフリーに。活字と放送の両メディアで評論活動を続けている。『塀の上を走れ』『人を惹きつける新しいリーダーの条件』など著書多数。
(村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影)
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