「考えるな」と言われるほど考えてしまう
「○○しない」のように自分にも言い聞かせること、あるいは、他人の行動を制することは、誰しも経験があることではないかと思います。ところが、こうした「○○しないように」という否定的な指示は、しばしば逆効果を生むということが、心理学の世界ではよく知られています。
この現象を説明する理論のひとつが、ハーバード大学のウェグナーが提唱した「アイロニック・プロセス理論」です。ウェグナーらの有名な実験に、「白くま実験」というのがあります。実験参加者に「白くまのことを考えないでください」と指示すると、たったそれだけで、多くの人がかえって白くまのことを考えてしまうのです。
人間の脳には「意識的に避けようとすると、かえってその対象に意識が向いてしまう」という皮肉な性質があるわけです。
ウェグナーによれば、私たちは何かを避けようとするとき、2つの脳内プロセスが働いています。ひとつは、避けたい対象を排除しようとする「意識的な働き」。もうひとつは、その対象が意識に入り込んでいないかを監視する「無意識的な働き」です。この後者の「監視役」が、結果としてその対象を何度も脳内に浮かび上がらせてしまうのです。
この傾向は、ストレスが高いときや疲労がたまっているときほど強くなります。「怒らないようにしよう」と思っていたのに、なぜかよりイライラが募ってしまう。そんな経験がある人も多いはずです。
行動を変えるなら「どうするか」を言語化
また、他人から「○○しないで」と言われると、反発して逆にしたくなることがあります。人間には「誰からも命令されずに自由でいたい」という欲求があります。他人からの命令は、自分の「自由欲求」を阻害するもの。自由欲求が阻害されると、自分の自由を取り戻そうとして、本当は自分でもそうしないようにしようと思っていたことでも、あえて言われたことに反抗するのです。
さらに、否定的なことばは、イメージを伴いにくいという問題もあります。「○○しないように」ということばでは、「しない」という行動が頭の中で再生されにくいため、脳はその代わりに「している」イメージを再生してしまうのです。
だからこそ、行動を変えたいとき、伝えたいときには、「○○しない」ではなく、「○○する」の形で意識を向け直すことが有効です。たとえば、「怒らないように」ではなく「落ち着いて話そう」と言い換える。「夜ふかししないように」ではなく、「○時に寝よう」と具体的な行動を設定する。そのほうが、脳は素直にその方向に向かいやすいのです。
ことばは、単なる情報伝達の手段ではありません。それは、脳と心に働きかける「スイッチ」。だからこそ、どんなことばで自分を導くのか。その選び方が、行動や感情を左右する鍵になるのです。
「○○しない」ではなく、具体的な行動をことばにする。



