医療法人にしたくてもできない状態

銀行が新たな貸し付けを渋ったのは、京浜病院が個人病院だったからだ。もともと祖父が創設した当時は医療法人財団京浜病院だったが、父はいったんその医療法人を退職し、1973年から個人病院として京浜病院を運営してきた。父は医療法人にすることを拒み続けていたが、銀行側が資金提供の条件として提示したのは、個人病院を医療法人の病院にすることだった。

そこで、東京都に医療法人化を相談したところ、今度は、多額の借金がある状態での医療法人化はできないと言われ困惑した。確かに、医療法には、新たに医療法人を設立するときにはある程度自己資金が必要なうえ、多額の借金を抱えていてはいけないという規定がある。そのときにはまだ、ピース病院を買収したときに借りた借金がかなり残っていたため、そのままでは医療法人を設立できない状態だった。

ちなみに、銀行が個人への事業資金の貸し付けを渋るようになったのは、1991年に発覚した尾上縫おのうえぬい事件がきっかけだ。日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)などが、大阪ミナミの料亭の女将だった尾上縫個人に2400億円もの融資をして焦げ付かせるという前代未聞の詐欺事件だった。尾上は信用金庫の支店長らと結託して架空の預金証書を作って担保の差し替えをし、14もの金融機関から総額2兆7000億円にも上る融資を引き出した。この事件を機に当時の大蔵省は、金融機関に対して個人に対する高額貸し付けを見直す指令を出した。