AIの発展でこれからのビジネスや生活はどのように変わるのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「小売り世界最大手の米ウォルマートが急速に進化している。特に2024年に44億ドル(約6700億円)に達した『リテールメディア』事業には注目すべきだ」という――。
2023年11月10日、スマートフォンに映し出されたウォルマートのロゴ
写真=©Budrul Chukrut/SOPA Images ia ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
アマゾンが“デジタルからリアル”を制覇しようとしているなら、ウォルマートは“リアルからデジタル”を制覇している

世界一のスーパー「ウォルマート」の秘密

かつて小売業とは、「仕入れて、並べて、売る」産業だった。だが、もはやその定義は通用しない。

いまや小売業は、モノを並べる産業ではなく、購買という行動をデザインし、データを通じて経済を動かす情報産業へと進化している。この静かな革命の最前線にいるのが、ウォルマートだ。

アマゾンが“デジタルからリアル”を制覇しようとしているなら、ウォルマートは“リアルからデジタル”を制覇している。

そして、その原動力こそが、小売発の新たな広告サービス「リテールメディア」である。

今やウォルマートでは、店舗やアプリ、検索画面に表示される広告が単なる販促ではない。それは、在庫を動かし、価格を調整し、供給網をリアルタイムで再構成する、小売経営そのものを動かす情報インフラなのだ。

いまや小売の利益は単に商品を売って生まれるだけではない。「売るプロセスそのもの」が利益を生む時代が来ている。

リテールメディアは単なる広告モデルではない。それは、小売のバリューチェーンを根底から書き換える“経営OS”であり、ウォルマートはそれを世界で最も体系的に実装している企業である。

もはや「小売」は“Retail”ではなく、“Platform”である。そしてこのプラットフォームを駆動させるのが、リアル資産の情報化と、情報資産の収益化という二重のエンジンなのだ。

第1の要素:利益の源泉が「売上」から「広告」へ

ウォルマートの経営構造は、いま静かに、しかし決定的に変化している。かつて同社の利益は、「どれだけ多くの商品を売るか」で決まっていた。だが現在は、「どれだけ効果的に広告を運用し、データを収益化できるか」が利益の中心になっている。

その象徴が、同社のリテールメディア事業「Walmart Connect(ウォルマート・コネクト)」である。

2024年度、ウォルマートの営業利益の実に3割超が広告事業から生まれている。これはもはやマーケティングの延長線ではない。広告は、同社にとって新たな収益エンジン=Digital Gross Margin Machineへと進化した。

商品を売るより、購買を動かすことが利益になる

従来の小売は、仕入れ価格と販売価格の差額(マージン)で利益を稼いできた。

しかしそのマージンは年々薄まり、価格競争が進むにつれて限界に近づいていた。

そこに登場したのが、「購買の瞬間を設計し、広告主から収益を得る」というリテールメディアモデルだ。

ウォルマートは、店舗・アプリ・ECサイト・レジ前・セルフレジ画面・デジタルサイネージといったあらゆる接点をメディア化し、消費者が「買う」と決める瞬間に最適な情報を提示できる仕組みを構築した。広告主(メーカー)は、その購買データをもとに精密にROI(投資対効果)を算出できるため、出稿を拡大。結果、ウォルマートは“モノを売る企業”から、“購買行動を設計し販売を支配する企業”へと進化した。