※本稿は、長谷川洋二『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)の一部を再編集したものです。ドラマ「ばけばけ」のネタバレが含まれます。
「ばけばけ」でも描かれた良縁祈願の結果
ある日、セツは2人の女友達と連れ立って、市街を出、南に向かう細く険しい道をたどった。松江から1里余りの佐草の里に、名高い八重垣神社があり、八俣の遠呂智を退治して結ばれた須佐之男の命と稲田姫が祭られている。3人の娘たちは、この縁結びの神々に良縁を祈願するために来たのである。
うっそうと茂る神々の森を背に、古い社殿が立っている。3人はまず、この社に参拝し、その後、巨大な古木が生い茂る薄暗い森に入って、美しい青苔に覆われた細い道を歩き、森の一番奥にある鏡の池へと下って行った。
この神聖な池のほとりは、森でも最も木蔭の濃い所であるが、池の水が非常に澄んでいて、池の底や、そこに棲んでいるイモリをはっきり見ることができる。3人は、古くからの習わしに従って、それぞれ紙で小さな舟を作り、一厘銭を一枚ずつ載せて水に浮かべた。彼女たちはいずれも、間もなく紙に水が染みて一厘銭の重みで舟が沈み、池の底のイモリが近づいて来て舟に触れるかどうかと、固唾を呑んで見守った。
セツは18歳のとき、28歳の婿養子を迎える
それは、もしイモリが自分の舟に触れてくれれば、神社の縁結びの神々が良縁を請け合ってくれたと、信ずることができたからである。セツの二人の友達の舟は、両方ともすぐに、浮かべた岸からごく近いところに沈んだ。一方、セツの舟はなかなか沈まず、浮かべた岸から遠く離れた、池のずっと端の方へ流れて行ってから、ようやく沈んだのであった。
セツの2人の友達は、それから間もなく、しかも近所の青年と結ばれた。そのうちの1人などは、すぐ隣の家に嫁として迎えられたものである。一方セツはと言えば、結局、はるかかなたの異国から来る男性と結ばれる宿命にあった。しかも、縁結びの神々の取り計らいは、どうやら一直線のものではなかったようである。というのも、セツが18歳になった時、因幡(鳥取県東部)の貧窮士族である前田家と稲垣家との間に、28歳になる前田家の次男の為二を、稲垣家の婿養子とするという話がまとまったからである。



