最初の夫とは「物語好き」で意気投合したが…

幸福の女神がセツに微笑みかけているかに見えた。為二も物語好きで近松(近松門左衛門)の浄瑠璃物を愛読し、セツも勧められて、この江戸時代最大の戯曲作家の作品を読みもしたし、当時流行した六弦の月琴げっきんの弾き方を習い出しもしたからである。

しかし、実際には、この稲垣・前田両家の縁組は、ほどなく、ただセツに貧窮の何たるかを残酷に教えるだけであることが分かった。そのためにセツは、悪夢のような人生の悲惨に陥ったが、信じられないような運命の展開によって、その悪夢から一転し、八重垣神社の縁結びの神々が彼女に約束していた、真の結婚へと導かれたのである。