いまだ根強い人気を持つ田中角栄とはどんな人物だったのか。ノンフィクション作家の保阪正康さんは「理念なき政治家だった。彼がもてはやされるのは我々にも理念がないということだ」という。『「戦後」の終焉 80年目の国家論』(朝日新書)より、京都精華大学准教授の白井聡さんとの対談を紹介する――。(前編/全2回)
インドネシアを訪問した田中角栄首相
写真=Wikimedia Commons
インドネシアを訪問した田中角栄首相(1974年1月17日)(写真=Bettylamerdelaverda/CC-Zero/Wikimedia Commons

田中角栄は本当に名宰相なのか

【白井】保守本流ということで言うと、代表的政治家として田中角栄の名前が必ず出てきます。ただ、田中の首相在任中にオイルショックで高度成長が終わります。にもかかわらず大人気だったわけですよね。

私は田中政権の時期をリアルタイムで生きていないので、実感としてわからないところもありますが、その頃も今も、もてはやされ過ぎじゃないでしょうか。最近も石破茂首相をはじめ、何かと田中をもてはやす議論が目立っている印象があります。

しかし振り返れば、田中角栄は金脈問題で首相を1974年12月に辞任したあと、76年2月にロッキード事件が起こって、その後、いわゆる金権腐敗に対する批判が猛烈に高まったわけです。

83年12月には当時参議院議員だった作家の野坂昭如が、田中を落とすんだと衆議院の新潟3区に立候補しました。もちろん当選はしなかったけれども、けっして泡沫ではなく、落選者としては最多の票が入りましたよね。地元ですら田中の金権政治に対する批判が一定数あったということでしょう。

「清く正しい自民党」=「白いカラス」

【白井】政治とカネの問題は根深いですね。2025年3月に石破首相が自民党の新人国会議員に10万円の商品券を配ったということで大騒ぎになりましたが、自民党のこれまでの体質からすれば、本当に小さな話です。

そもそも自民党は金権腐敗政党なのであって、クリーンな自民党というものはありません。金権腐敗していない自民党を想像できますかと聞くのは、白いカラスを想像できますかと聞くのと同じです。

そういう自民党をずっと勝たせ続けてきているわけですから、日本人は、ある意味金権腐敗でいい、別に大した問題ではないと思っているということになります。

田中角栄をはじめ、これまで自民党の議員が何か汚い金をつくって好き勝手なことをやっていようが、だいたいにおいて国民を豊かにしているのだからいいじゃないか、ということで済んできたわけです。

しかし近年では、石破首相の10万円もそうですが、汚職に対する批判は、年々ハードルが下がっています。要するに、少額でも問題視されやすくなっている。それはなぜか。

この30年、国民が全然豊かになっていない、それどころか貧しくなっているからですよね。にもかかわらず、あいつらは相変わらず内輪で世の常識とはかけ離れたカネのやり取りをしている。無能なくせにカネづかいだけは一丁前かよという批判が噴出したわけです。