片腕だけかと思ったら、両腕が上げられない
「先生、私、左腕が上げられないんです。コロナワクチンの後遺症だと思います。3回目の接種をしてから、半年以上もダメなんです。なんとかしてください」
その日、慢性痛の名医として知られる北原雅樹氏(横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科)のもとを訪れた女性は20代前半、いまどきの若い女性にありがちな、だいぶスリムな体形をしていた。
コロナワクチンの接種を受けた後、注射された腕が上がらなくなったという患者は時々やって来るが、はたしてこの女性もそうなのか。北原氏は女性が必要以上に痩せていること、特に半袖からのぞく二の腕にまったく筋肉がついていないことに注目した。上がらないと言っている左腕だけではなく、両腕が痩せ細っていた。ちなみに紹介状を書いてくれた病院での画像検査や血液検査では、体の動きが不自由になるような異常はまったく見つかっていない。炎症や腫れもない。
「
「はい、こんな感じです。肩から上に行かないんです。肩に痛みと言うか違和感があります」(女性)
「いやいや、左腕だけでなく、両腕を上げてみてください。右腕は上げられるんですよね。比較してみましょう」(北原)
「はい、こうですね」(女性)
「……。おかしいですね、右腕も上がっていませんよ。こちらもワクチン接種後からですか。いつから上がらなくなったか覚えていますか」(北原)
「え、あら、本当ですね。気づきませんでした。私、両腕が上がらないんですね。どうしてでしょう」(女性)
「中高時代は器械体操部だったんですよ」
「あなただけじゃありません。同じような患者さんはよく見えますよ。一番の原因は運動不足です。腕を上にあげる動作をぜんぜんしていないんじゃないですか。可動域が狭くなっていることに加え、腕を上げる筋肉が痩せ細って、役に立たなくなってしまっているんです」(北原)
「えっ、そうなんですか。私、中高時代は器械体操部だったんですよ。鉄棒につかまって、大車輪だってできました」(女性)
「すごいですね。でも今は見る影もない。どうしますか。治療には、腕を上げる運動をして可動域を広げ、筋力をつけることが有効です。リハビリに通院しますか」(北原)
「いいえ。器械体操部でしたから、鍛え方は知っています。体を傷めないよう様子を見ながら、自分で運動してみます。てっきりワクチン後遺症だと思って不安だったんですけど、ただの運動不足だとわかってホッとしました」(女性)
「運動不足だけじゃなく、痩せ過ぎも原因ですよ。ちゃんと食べて、筋肉をつけてください。そして、ご自分では改善できないと思ったら、どうぞまた来てくださいね」(北原)
「はい、ありがとうございました!」(女性)
若いのに腕があげられない、名付けて「二十肩」
近年、北原氏の外来には、肩(腕)を動かすのが痛いと訴えて受診する患者が増えている。
「『電車の吊革を掴めない』と言うんです。実は通勤・通学時に吊革につかまっているのは結構いい肩の運動になるんですが、それすらもできないと。中には『吊革は汚い』と考えて、あえて使わない人もいるようです。被服の着脱にも不自由しているようですが。そもそも日常的に肩や腕を動かす機会がないんですね。年齢は20代から30代。最近は10代後半もいます。性別は女性。複数のクリニックや病院へ行ったけど原因がわからず、不安を感じている。私は“二十肩”と名付けました。四十肩や五十肩とは症状も対処法も違います」(北原氏:以下同)

