応用の仕方で差がつく
問題発生です!
社内で「仕事がデキる人」として評判で、あなたが密かにライバル視していた2年先輩のHさんも孫子の兵法を勉強していることがわかりました。Hさんに負けないために孫子の兵法を学び始めたばかりなのに、相手も孫子の勉強をしていたのでは勝てないのではないかと心配になりました。
そこであなたならどう対処しますか?
A:孫子対孫子では同じことを考えてしまって勝てないので、ほかの戦略を探す。
B:あのHさんも孫子を勉強しているということは孫子の兵法が本物である証拠だと考え、さらに孫子の勉強を深めようと考える。
あなたも今回のテーマにある「風林火山」という言葉はどこかで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。孫子を読んだことがない人でも知っているくらい世間に広まっていて、洋の東西を問わず2500年もの間ずっと読み継がれてきたのです。敵(ライバル)も孫子の兵法を知っていて当然と考えましょう。
孫子を学ぶうえで大切なことは、孫子そのものを覚えることではなく、それをどう実際の戦場やビジネスの現場で適用し応用するかということです。孫子には戦争における原理原則や基本的な考え方が書かれています。だから時代を超えても通用し、戦争だけでなくビジネスにも応用できるのです。同じ孫子を学んでもその応用の仕方で差がつくものなのです。
武田信玄と徳川家康を分けたもの
たとえば「風林火山」は、戦国武将の武田信玄が旗印に使ったことで有名ですが、孫子の兵法を学んでいたのは武田信玄だけではありません。ほかの武将も孫子を知っていたのに、武田信玄は孫子を実戦に応用し活用することで戦国最強の軍団をつくったと言われています。旗印に孫子の一節を使うくらいですから、余程孫子の兵法に心酔し、それを活かすことを考えていたのでしょう。
その武田信玄にコテンパンにやられたのが、徳川家康です。徳川家康も孫子は読んでいたでしょうが、武田信玄があまりに強いので、孫子を学び直したとも言われています。それによって天下統一を果たし江戸幕府の礎をつくったとしたら楽しいですね。
本講座でも、孫子を知識として覚えるのではなく、それをどう実践に活かすか、自分なりにどう応用するかという視点で学んでみてください。多くの人が知っている孫子の兵法を知りもしないようでは話にならないのは言うまでもありません。
イザというときの戦い方
戦わずして勝つ道を探りながら、なるべく戦いを避けるのが孫子の基本ではありますが、イザというときには戦わないわけにはいきません。そのときの戦い方を示したのが「風林火山」です。実際にはあと2文字あって「風林火山陰雷」が元々のキーワードになります。
孫子はこう言っています。
「兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾きこと風の如く、其の徐なること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如し。」(軍争篇)
戦争は敵を欺き、裏をかいて、利や強み、優位性を活かすように動き、分散と集中を繰り返しながら臨機応変に進めることになる。だから、疾風が吹くように敏速でなければならないし、待機すべきときは林のように静まって、いざ敵に侵攻するときは火が燃えるように一気に奪い去り、動かないと決めたときには山のように堂々として決して動いてはならず、陰のように実体を表に見せないことによって敵に味方の情報を与えず、動くときには雷のように突如として機動しなければならないのだと。
敵と味方の強み弱みは相対的なものであり、戦場の地形や天候、陣形、兵士の士気など様々な条件が絡み合っている中で臨機応変に戦い方を決めなければなりません。孫子で大切なことがその適用、応用であることを示唆した一節です。
その前提条件を伝えたうえで、どう戦うべきかの原理原則を示します。まず「風」。動くときには風のように速く動け。スピード勝負です。しかし、待機するとなったら「林」のように静かに。動と静のメリハリですね。攻撃を仕掛けるときは「火」で敵を焼き尽くすかのように一気に勝負を決めます。ある陣地を確保し、ここから動かないと決めたら「山」のように動いてはならない。それが戦略上の要地であれば簡単に動くわけにはいきません。そして、動くにせよ、動かないにせよ、こちらの意図や狙いを敵に知られてはいけません。まるで「陰」のように存在を消しておき、イザ動くとなったら急に「雷」が落ちるように前触れもなく一撃を食らわせなければならない。これが「風林火山陰雷」です。
ビジネスでも「風林火山陰雷」
この孫子の兵法をビジネスに応用するとどうなるでしょうか。細かいところは、みなさんの会社や職種、組織体制、ライバルとの関係、時流や環境などに左右されますから、自分で応用することを忘れないようにしてください。
ここでは原理原則を考えてみましょう。
ビジネスの成否を決める重要なポイントの一つがスピードです。営業であれ、商品開発であれ、製造であれ、物流であれ、サービスであれ、何であってもトロトロしていて良いことはありません。ライバルとの競争でも大事なのはスピード。何をするにもライバルに後れをとらないように。1分でも1時間でも1日でもライバルより速く疾風のように仕事を仕上げましょう。
ビジネスも戦いである以上、余計な無駄口、軽口は禁物。顧客の信用を得るにも、社内の信用を得るにも、口が堅く、情報漏洩の心配がないことが重要です。軽薄な人間だと思われないよう、必要のないときは林の中にいるように静かにしておきましょう。
普段は林のように静かに、控え目にしておいて、イザ提案、イザ発言、イザ行動するときには、火のように熱く、心を込めて語りましょう。熱心に取り組み、熱意の溢れる若者を見て不愉快に思う年長者はいません。しかし、いくら良いことを言っていても、冷めた感じで淡々と語られたのでは「本気でそう思っているのか?」と疑われるか、「やる気がないのだな」と思われるのがオチ。自分の要求を通すには、火のような熱さが必要です。
しかし、これだけは譲れない、これだけは守りたいという信念は忘れず、そこは山のように動かさず、ブレないようにしましょう。「芯のあるしっかりした若者だな」と思われたいものです。
但し、兵法を学び実地に応用しようと思うなら、自分の本心、本音を安易に露呈させてはいけません。陰のように実体が見えず、ミステリアスな部分もあるからこそ、敵からは大きく、深く見えるものです。「どうせあいつはこんなこと考えているんだろう」と本音や本心を見透かされているようでは戦いになりません。
時に、急な落雷で多くの人が驚くようなサプライズ演出も有効です。予期せぬ動き、想像を超えた動き、予想の斜め上を行く動きで、顧客や上司やライバルにサプライズを与えましょう。ライバルはともかく、顧客や上司の記憶に残るインパクトを与えておくことは、あなたのこれからのビジネス人生を有利に進めてくれるでしょう。
どうでしょうか。孫子の「風林火山陰雷」を使いこなした武田信玄が戦国最強と評された理由がわかる気がしませんか? あなたもビジネス界の武田信玄になるか、信玄に負けて孫子を学び直した徳川家康を目指すか、この「風林火山陰雷」をヒントに考えてみてください。


