新しい仕事には一番に手を挙げるなど、いつも上司に成果をアピールする同期。そんな同期を見ると、自分もアピールしなければと焦ったり、自分には示せる力がないと落ち込んだりしてしまうことはないでしょうか。一方で、アピールは度が過ぎると敵をつくることもあります。今回は同期を出し抜くための一番賢い戦略を学びましょう。

アピール上手な同期にどう立ち向かうか?

では、あなたに質問です。

同期入社のF君は、新人研修の時から人事や上の人へのアピールがすごく、一番に手を挙げ、一番に質問し、いつもやる気満々に見えます。そんなF君に対して、あなたはどのように感じますか? 次のAとBのどちらに近いでしょうか。

A:あんなに自分をアピールできてうらやましいな。私はどうしても恥ずかしさもあるし、つい遠慮してしまい、自分の意見が言えないこともある。
B:そんなに会社に認められたいのか? と冷めた目で見てしまう。能ある鷹は爪を隠すという言葉を知らないのか、と言ってやりたい。

定期的にテストがあって自分の実力を評価してもらえる学生時代と違い、社会人になると、定期テストはなく、自分の力は自分で示さなければなりません。しかし、自己顕示が強く出すぎると、周囲から浮いてしまったり、敵をつくったりすることにもなりかねません。知ってもらわなければ評価はされないし、かと言って、出すぎる杭は打たれることにもなります。

孫子の兵法ではどう考えるのか。今回も学んでいきましょう。

九地の下に蔵れ、九天の上に動け

孫子は兵法ですから、戦争がないと出番がありません。孫子を著したのは、孫武という人だと言われていますが、孫武は呉の国の将軍であり参謀(軍師・兵法家)です。戦争があればあるほど重用され、昇進の機会も得られるわけですから、どんどん戦争すべきだと言いたかったかもしれませんが、実際にはなるべく戦争はしないようにせよと説いています。

しかし、その当時は群雄割拠の戦国時代ですから、戦争したくなくてもせざるを得ないことがあります。そこで孫子の兵法は、まず守り優先で、イザというときだけ攻めに転じるべきだと説いているのです。孫子には珍しく派手な表現でこう言っています。

「昔の善く守る者は、九地の下にかくれ、九天の上に動く。故に能く自らを保ちて勝を全うするなり。」(軍形篇)

(孫子の時代のさらに)昔から、守備を優先して巧みに戦う者は、地底深くに潜むようにして守りを固め、好機と見れば一気に天高く飛び上がるかのように攻めに転じたものだ。そうした戦い方だからこそ、自軍を保全しながらも確実に勝利を収めることができるのだと言うのです。

「九地の下に蔵れ、九天の上に動く」というフレーズが印象的ですね。地中に潜んでいた翼竜が急に地上に現れて一気に飛び上がり襲い掛かってくるような映像が浮かびませんか。

なぜ、そんなことをするのかというと、自軍や自国を保全するためなのです。派手に戦っても派手さで褒められることはなく、負けてしまえば国が滅ぶこともあるのです。なるべく戦いをしたくないからまずは地中に潜んで戦意を見せないわけです。
孫子はこうも言っています。

「善く戦う者は、不敗の地に立ちて、敵の敗を失わざるなり。是の故に、勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。」(軍形篇)

勝利する軍は、まず負けない態勢をとり、敵を破る機会を逃さないものである。勝利を収める軍は、まず勝利を確定しておいてから、その勝利を実現しようと戦闘に入るが、敗北する軍は、先に戦闘を開始してから、その後で勝利を追い求めるものだと言うわけです。

まず守りを固めて負けない態勢をとり、九地の下に蔵れながら、敵のミスや弱点を見つけるのです。そして、今なら勝てるとなったら一気に九天の上に動いて勝利を収める。これが孫子の戦い方です。だから、勝利する軍は、勝ってから戦い、敗北する軍は戦いを始めておいてからどうやったら勝てるかと考える羽目になると指摘しているのです。

勝ってから戦うというのは、勝てる道筋、勝てるストーリーが描けて、これなら勝てると確信してから戦いを始めるということです。勝つための道筋や準備もできていないのに戦いを始めるようなことをしていては負けるのは当然だということになるでしょう。

ビジネスにおいても、勝てるストーリーや勝つための準備が必要なのは言うまでもありません。競合の強みや弱みを見極め、それに対して事業戦略を練り予算を確保し体制を整えてから、戦闘開始です。勝てる見込みもない事業に準備もせずに突っ込んでいくようなことをしていては失敗して当然ですね。

始めは処女の如く、後は脱兎の如く

さらに勝利を確実なものにするために、孫子のこの教えもお伝えしておきましょう。有名な一節なので聞いたことがあるという人も多いと思います。

「始めは処女の如くにして、敵人、戸を開くや、後は脱兎だっとの如くす。敵、ふせぐに及ばず。」(九地篇)

始めは乙女のようにおとなしく慎重にしておいて、敵が油断して隙を見せたら、脱兎のように機敏に動け。そうすれば敵は防ぎようがないぞという教えです。

始めは処女の如く振る舞って、相手を油断させよというのです。姿を地中に隠すだけでなく、さらに相手を油断させよとまで孫子は言っています。そして相手が油断して、戸を開けたら、一気に中に突っ込むか、一気に外に脱出するか、どちらでもいいのですが、脱兎のようにスピード勝負。相手に「大した敵ではない」と思わせておいて無防備な状態にさせるわけですから、速攻で勝負を決めることができるわけです。

大人しくしているべきとき、アピールすべきとき

以上の孫子の教えを踏まえて、冒頭のF君について考えてみますと、新人研修のときから周囲の鼻につくほど自己アピールをしてしまうのは、ちょっと不用意であり、考えが足りないと言えるでしょう。若いビジネスパーソンがやる気に満ち溢れ、前向きに取り組む姿勢を見せることは決して悪いことではありませんが、やはり最初は慎重に、組織の風土や価値観をつかみ、同期がいるならそれらの人のパーソナリティなどもつかんで、じっと大人しくしているべきときと、アピールすべきときを見極めるべきだと言えるでしょう。

周囲への配慮を欠いた振る舞いで、無駄に敵をつくっても良いことは何もありませんから、まずは負けない準備で守りを固めて、ほかの同期の出方も見てから攻めに転じても良かったでしょう。

そのF君に対して、Aのようにうらやましく思って自分を卑下しているようでは、一生をずっと地中に潜ったままで終えるようなもので、敵はつくらず、負けもないかもしれませんが、イザというときにも役に立たない人材だと言われかねません。

BのようにF君を冷ややかに見るのはどうでしょう。能ある鷹は爪を隠すというのは孫子の考えに近いでしょうが、頑張っている人を下に見て、爪を隠しっぱなしで一生を終えないことを願うばかりです。同期のメンバーには鼻についたF君の言動も、上の人にはウケが良いかもしれません。F君がそれを読んであえて派手にアピールしていたとしたら、勝てる道筋を描いてから戦っていたことになります。

そんなF君の上を行くには、派手なパフォーマンスが気に入らなくても、F君に近寄り「Fさんはすごいね。私もFさんを見習って頑張るよ」とヨイショでもしておくのが、相手を油断させるのには有効かもしれません。どうでもいいことはF君に任せておいて、ここぞという機会が来たときにはそれを見逃さず、F君より先に手を挙げ、脱兎の如くアクションを起こしましょう。

(図版作成=大橋昭一)