12月初旬から執筆準備をする

柳井さんの下で働き、現在は独立して経営コンサルタントを務める田中雅子さんは言う。

柳井正氏

「読めば誰もが同じ認識に立てるほどクリアでシンプル。柳井さんの強い思いがダイレクトに伝わってきます。現場に則しているので、ドラッカーの本より柳井さんのメールや本のほうが、仕事に役立てやすいと思います」

柳井さんはどれだけ忙しくても、社内外に発表するメッセージは自分で書くという。年頭メールの場合は12月初めから準備に入り、少しずつ書きためたものをまとめていくと自著で明かしている。時間と手間をかけて練りあげたメッセージには、社員の胸に刺さる力強さがある。

しかし年明け早々に社長からのメールが届けば、正月気分も吹き飛びそうなもの。しかも、これでもか! と危機感をあおる文面に、気が沈む社員もいるのではないかと心配にもなる。

「私が知るかぎり、毎年楽しみにしている社員がほとんど。それはトップが本気(マジ)だとわかっているからです。世界に打って出るナショナルチームの一員だという誇りがあれば、今年は監督からどんな刺激的なメッセージが届くのかと期待するはずでしょう。それに経営マインドのある社員は、常に危機感をもっている。これを読んで気が沈むようならサラリーマン根性になっている証拠です。その意味で、このメールは1つのバロメーターの役割を果たしています」

柳井さんの文書にはもう1つ特徴がある。それは、必ず丁寧語を使うということだ。

「メールでも、口頭でも、誰に対してもそうです。たとえ部下を叱るときでも、柳井さんは丁寧語を使います。常に相手を尊重する態度が信頼される理由の1つです」

価値観にブレがなく、それが繰り返し語られる点も信頼につながる。トップのメッセージが組織に浸透するうえで欠かせない要素だ。

例えば、柳井さんが部下に注意を促す際によく使う「100%徹底してください」という言いまわしがある。これは、社員たちの会話でも聞かれるという。仕事でミスがあれば「すみません、100%徹底していませんでした」と素直に謝る場面などがそうだ。年頭メールにある「打倒!サラリーマン体質」のようなフレーズが、社員たちの合言葉になることも珍しくはない。柳井さんのメッセージには、現場までしっかり到達する浸透力がある。

クリアでシンプルな内容。誰にでもわかる言葉づかい。柳井さんの年頭メールは、社員の危機感を刺激し、共通の価値観を抱かせる点で、見事な“檄文”となっている。

(澁谷高晴、小倉和徳、藤井泰宏、向井 渉=撮影)
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