「揉める経験」「価値観の衝突」こそが大事

【高際】同感です。中学、高校の時期は、意見の違いから友達と揉もめたり、先生や親が期待する考えと違うことを言ったりできる、貴重な期間ですよね。社会へ出ると、他人とぶつかる意見は言いづらくなってくる。だからこそ、そういう経験をもっと大事にしてほしいと思います。

【工藤】ほんとに、そうですね。

【高際】揉めるときって、クラスで力を合わせて何かに取り組むときが多いんです。いろいろな意見を出し合っているときに、「部活に行きたいから、こんな話し合いはやめたほうがいい」と発言する生徒がいるかと思えば、「いや、大事なことだからちゃんと話し合わないと」と言う生徒が出てきて、本来の議題と別の問題で揉め始める(笑)。

高際伊都子先生
撮影=市来朋久

【工藤】まさにそれだな。

【高際】でもそれって、生徒たちが何を大事にしているかという“価値観のぶつかり合い”なんですよね。そのときに、大人が何か大義のようなものを持ち出して一刀両断にするのではなく、ぶつかり合いの中で彼らなりの答えが生まれてくるまで考える時間を与えてやりたいと思っています。今の子供たちが活躍する未来というのは、いろいろな価値観が今以上にぶつかり合う世界になります。そのときに、誰かが決めたことに従うだけの人間でいいのか、と。

【工藤】ただ、一方で最近の子供たちは、ぶつかり合って、時間をかけて一つの結論を導き出すということに慣れていない面もあります。便利なツールに頼って安易に答えを出す傾向にある。

【高際】疑問があるとAIに答えを聞くようになりました。検索すらしないこともあります。コスパもタイパもいいんだそうです(笑)。答えを見つけるのに時間をかけないのがスマートだと思っていますね。

一方で、たとえば人間関係を構築するときに、「SNSで発信しておけば、相手も同じ気持ちで受け入れてくれる」と過信しているようにも見えます。直接会話をしていれば、相手の表情を見て気持ちを推し量ることもできますが、インターネット上ではそれがわからない。「あれ? SNSではわかり合えていたと思っていたけど、実際に集まってみると、なんか違うな」みたいな。

【工藤】「いいね!」をもらうと賛同してくれたと思ってしまうんだね。でも、あれって今や「読んだよ」程度の意味でしょ?(笑)

【高際】直接会って意見や思いを伝えるという経験自体が不足しているし、リアルとバーチャルを橋渡しする能力もまだ備わっていない。人としてわかり合うことがどういうことか、もっと揉まれて学んでほしいですね。

【工藤】何かを発信するのがうまい子もいれば、どちらかというと待ち受けタイプの子もいる。でも最近は、大人もですが、待ち受けタイプが生きづらい世の中になっているよね。

YouTubeとかInstagramとかTikTokとかで発信して目立つ子が人気者になっている。学校は、そういういろいろなタイプの子供たちそれぞれに生きる場所を提供する場でありたいと思っています。

一方で人間関係がわずらわしいから一人で学ぶ、と子供が広域通信制高校に流れちゃうみたいな傾向もある。

【高際】増えているようですよね。

【工藤】確かに自分のやりたいことだけをやれる人間関係をつくればいいわけだから楽だろうけど、実際の社会に出たらそういうわけにはいかない。面倒でも時間がかかっても、人間関係とか社会のあり方とか、そういうものも学んでほしいと思います。

【高際】答えを早く、正確な道筋で出すとかいう以外の学びですよね。

【工藤】そうそう。

【高際】自分で何かを学ぶ力を身付けたり、自分にどんな特技があるのかに気づいたりするには時間もかかります。親御さんも学校もそれを待つ余裕があるといいですね。そのことが将来、その子のいろんな力になっていくはずですから。

【工藤】冒頭に言った“感性”も、育んでいくには時間がかかるしね。

【高際】こういうものが美しいとか、こういうものが心地いいとか、感性を磨いてほしい。ただ、放っておいても感動する力は育まれません。そこはやはり、さまざまな体験をしたり、感動できる場所に出合えるようサポートすることも必要です。自分の心を動かすということは、文字で教えるわけにはいきませんから。感動できる体験ができたとき、子供は素直ですからリアクションも大きい。高校生になっても、本当に感動すると声を上げて泣きますよ。