「ゼレンスキー批判」の意図と戦術
ゼレンスキー氏を独裁者呼ばわりし、「彼の支持率は4%しかない」というフェイクニュースを流したのも、単なる挑発ではなく、交渉の場を自分にとって有利にするための準備である。これは典型的な「相手の立場を崩す戦略(Undermining Opponent’s Position)」であり、ゼレンスキー氏の立場が弱くなれば、強硬路線を続けにくくなり、停戦交渉に柔軟な姿勢を示さざるを得なくなる。もちろん、従来の米国大統領であれば採用してはならない禁断の手法である。
バイデン政権下と違い、「アメリカが無条件でウクライナを支援するわけではない」というメッセージを発信するのは、交渉の選択肢を増やす「BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)」と呼ばれる戦略にあたる。ウクライナ支援は当たり前ではないという圧力をかけられ、ゼレンスキー氏は戦争継続の道だけでなく、停戦という選択肢についても考えざるを得なくなる。
また、「ウクライナ支援はアメリカの国益にならない」と主張するのは、「支援疲れ」を感じているアメリカ国内の世論を誘導することにもつながる。これは交渉戦略として「世論を交渉のツールとして使う手法」であり、「アメリカ国民の支持がなければ、ウクライナは戦争を続けられない」という圧力になる。もちろん、コア支持者層がそれを望んでいることも見逃せない点だ。
これは同時に、ロシアに対して「トランプなら有利な取引ができる」と示唆することでもある。ロシア側が「交渉相手としてトランプのほうがバイデンよりも都合が良い」と思い、交渉に前向きになれば狙い通りだ。
もちろん、トランプ氏が目指しているのは、ロシアの要求を全面的に受け入れることではない。交渉をコントロールし、ロシア・ウクライナの両方に影響を与えられる立場を作ることが本当の目的と考えられる。

ここまでは、トランプ氏の狙い通りに進んでいる
2月にゼレンスキー氏との会談が物別れに終わった後、アメリカはウクライナへの軍事支援を停止していたが、3月11日にサウジアラビアでアメリカとウクライナの高官協議が行われ、アメリカが提案した30日間の一時停戦をロシアが同時に実施することを条件に、ウクライナが受け入れたと発表された。また、アメリカは機密情報共有の一時停止を解除し、ウクライナに対する軍事支援を再開する方針を示した。
11日にまとめられた共同声明では、ウクライナが従来の姿勢を転換し、アメリカが主張する全面的な停戦案を丸のみする形となった。それにより、アメリカとウクライナがそろって停戦を主張する構図ができあがり、交渉は新たな局面へと進んだ。
12日、トランプ氏は記者団から停戦実現の見通しについて問われ、「ロシア次第だ」と述べた。トランプ氏は側近のウィトコフ中東担当特使をモスクワに派遣し、停戦案を受け入れるよう働きかける。
ここまでの流れを見ると、トランプ氏の狙い通りに進んでいるように見える。このまま「トランプ流の交渉戦略」が成功すれば、彼は「戦争を終わらせたリーダー」として評価されるが、失敗すれば「ロシア寄りの政治家」として批判を受けるリスクもある。
トランプ流の交渉方法には、信用の喪失、交渉相手の反発、長期的な不安定化という3つの大きなリスクがある。まず、ロシア・ウクライナ双方から信用を失いかねない。次に、ウクライナのように譲歩を強要された側が「受け入れざるを得ない」と感じても、強引な手法への反発が残るため、合意後の関係悪化や再交渉のリスクが高まる。また、この手法は短期的には成功しても、長期的に、今後の交渉がより困難になる危険性がある。結果的に、強硬な交渉姿勢がさらなる対立を生み、和平の持続性を損なうリスクがあると言える。
そして、これからはいよいよ本格的にプーチン大統領との直接交渉にもなってくるだろう。すでに米国とウクライナが合意した30日間の即時停戦案について、停戦は支持するが、議論すべき問題が残ると注文をつけたとも伝えられている。禁断の交渉術ではトランプ氏を凌駕するプーチン氏に対してどのような直接交渉を展開していくのか、私たちは、トランプ氏の戦略目標と言動の背景を理解したうえで、この先の展開を冷静に見ていく必要があるだろう。