交渉戦略は「不動産業界での成功」に基づく
トランプ氏の交渉戦略は、不動産業界での成功に基づくものが多い。最初に大胆な主張をし、相手を揺さぶりながら最終的に自分に有利な着地点へと誘導するのが特徴だ。
たとえば、「アンカリング」という手法がある。最初の交渉で、「100億円のビルを50億円で買う」という極端な要求を提示する。不利なオファーをのむよりは少し譲るほうがマシだと、相手が少し譲歩したところで「では60億円なら」と調整するというものだ。最初に提案された価格に最も大きな影響を受けるという心理は誰にも経験があるだろう。余談だが、DOGE=「政府効率化省」を率いる実業家のイーロン・マスク氏もこのような交渉術を多用している。
また、「不確実性を利用した駆け引き」を得意とする。相手に「取引が成立するかどうかわからない」と思わせ、焦りを生じさせるのだ。たとえば「この価格では無理なら、他の案件に移る」「○○社とも話を進めている」と競争心理を煽ることで、相手が譲歩しやすい状況を意図的に作り、より有利な条件を引き出す。
「撤退を辞さない姿勢(ウォークアウェイ・ポジション)」を示すことも多い。「この条件がのめないなら、こちらから折れる理由はない」と強気に出ることで、相手に妥協を促すのだ。相手が「取引を失いたくない」と感じると、譲歩を引き出しやすくなる。
「最も高く買い、最も高く売る」
トランプ氏が行っていたような大型不動産取引においては、「安く買って高く売る」という単純な戦略は現実には通用しない。売り手は、最も高く買ってくれる相手にしか売らないからだ。つまり、最後に勝つのは、「最も高く買い、最も高く売る」ことができる者だけだ。
実際、千代田区の一等地を独占しているのは財閥系の大手デベロッパーがほとんどだ。彼らはそのブランド力によって「最も高く売る」ことができるから、「最も高く買う」ことができるのである。
今回は、「最も高く買う」=「ロシアに最も有利な立場を示した」ということであり、交渉の初期段階でトランプ大統領はロシア寄りの発言を繰り返し、ウクライナに厳しい態度を取った。これは、交渉市場において「ロシアの立場を最大限に評価している」というメッセージを送り、ロシア側に「トランプとの交渉なら有利に進む」と思わせるための手法である。つまり、最初に「最も高く買う」ことで、ロシアを安心させ、交渉に引き込むことに成功した。
一方で、「最も高く売る」=「ウクライナに譲歩を強要し、米国主導の停戦を成立させた」ということであり、一度交渉を決裂させることで、ウクライナに「このままでは交渉の場がなくなる」という危機感を抱かせた。その後、ロシア寄りの発言を修正し、ウクライナにとって「最も悪い条件を回避する」形で停戦を提示した。
ここで重要なのは、「最も高く買った後(ロシアに寄り添った後)、最も高く売る(ウクライナに譲歩を迫る)」ことで、トランプ側に最も都合のいい条件を引き出したことである。
最初にトランプ氏が親ロシア的姿勢を示したことは、最終的な取引をより有利に運ぶための布石だと考えられる。ロシアは「この交渉ならば自分たちに有利になるかもしれない」と期待し、交渉のテーブルにつきやすくなる。一方で、ウクライナ側は「最悪の状況を避けるためには、妥協も視野に入れざるを得ない」と考えたわけだ。