月給10万円台でもやるつもりだったが…

あと1年、本気でプロを目指すために、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズへの入団を決め、内定2社に断りの連絡を入れた。サラリーマンとしては国内最高水準の給与を誇る一流企業への入社を辞退し、月十数万円の給与で、1年契約の独立リーグに進むことへの不安はなかったのだろうか。

「なかったですね。社会人チームからも声はかかっていたようですが、社会人で2年待つよりも、独立リーグで1年、勝負をかけてやる道を選びました」

ただ、ここで平岡さんを不運が襲う。1年目の2023年5月に肋骨を骨折。リハビリを重ね8月に復帰も、本来の投球とはほど遠かった。登板はわずか5試合。アピールが必要な時期に戦線離脱したこともあり、プロの夢は断念し、現役引退を決意した。

「ボールも大学の時のほうが全然よかったので、プロとか、もうそんなレベルではなかったです。野球に未練はなく、完全にやり切りましたね」

第2の人生を考える時、大学4年の春にマウンドから見たあの光景が思い浮かんだ。

「スカウトをやりたい」

香川のフロントに引退を報告した後、その熱意を伝えたところ、「独立リーグはスカウトの方も球場に来て接点がある。野球以外の営業の基盤も作ることができるよ」と、球団職員への転身を勧められ、快諾した。

香川オリーブガイナーズ時代の平岡さん(左)
本人提供
香川オリーブガイナーズ時代の平岡さん(左)。野球生活を終えて第2の人生を考えたとき、スピードガンを向けられたときの興奮を思い出したという

プロ経験のない若者がスカウトになれた理由

「香川の球団職員は、間違いなく僕の土台になっています。営業の売り上げから、PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)を見るところや、予算立て、球場の運営責任者など、全部やらせてもらって、会社や社会がこう回っているんだということを間近で見ることができました」

忙しく過ごす毎日の中でも、どうしたらスカウトになれるかを常にイメージしていた。NPBでプロ経験がないスカウトは珍しく、未経験者を採用する場合は、アマ時代のキャリアや実績が評価されるのが一般的だ。高校、大学、そして独立リーグで目立った戦績もなく、ましてや社会人なりたての若人が簡単に就ける職業ではない。

それでも平岡さんは積極的に行動を起こした。大学で心理学を学んだ経験から、メンタルが行動に及ぼす影響や、営業職での行動力など、思いつくアピールポイントを便箋5枚にしたため、12球団に送付。土日は高校野球などを観戦しながら、生光学園(徳島)の最速153キロ右腕・川勝空人投手(日本ハム育成1位)に関するレポートをA4用紙2枚にまとめ、視察に訪れたヤクルトのスカウトにメールで送った。

「『いいレポートだったよ』と言っていただいて、そのレポートを球団の上の方に回してくれました」

ひたむきな情熱はヤクルト球団にしっかりと届き、昨秋のドラフト後に採用が決まった。プロ野球選手にはなれなかったが、プロスカウトになりたいという「第2の夢」を後押しし、快く送り出してくれた香川球団に対しても「感謝しかありません」と思いを口にする。