「心にくだらないことが浮かぶようではダメ」

本書の第2章の冒頭に「一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ」という言葉を紹介しました。これまで説明してきたように、社員の心に火を点けることのできるリーダーが一国を興すのであり、その火を消してしまうようなリーダーが一国を亡ぼすと言っていいでしょう。

稲盛さんは、万が一にも心の火を消してしまうようなリーダーにならないように、愛情あふれる警鐘の言葉をいくつも残しています。

その一つが「人格を高めようと努力をし続ける人を社長にすべき、それができなければ悲劇が起こる」という言葉です。

会社の発展のために一生懸命働き、多くの人に慕われて社長の地位に上り詰めても、そこで努力をやめてしまい、そのリーダー足らしめた人間性が変わって堕落してしまうと、悲劇的な結果をもたらすことになると厳しく指摘しているのです。

残念ながら、このような例は少なくありません。なぜそんな悲劇が生まれるのか。それは経営トップとなり、油断・慢心が生まれるからです。

稲盛さんは、「人を動かすのがリーダー。だから、思うことを整理する。心にくだらないことが浮かんでくるようではダメだ」と語り、同じような観点から「絶対的権力を得ると堕落する。だから強靭な克己心が必要」と強い警鐘を鳴らしています。

つまり、「リーダーは権力を持つものだから、私心を入れない強さが必要」だと強調しているのです。

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経営トップにプライベートな時間はない

私は、以前、京セラの先輩からこんなエピソードを聞いたことがあります。

当時、まだ40代だった稲盛社長とたまたま京都の町を一緒に歩いていたとき、近くのデパートの壁に紳士服新春バーゲンの大きな垂れ幕が下がっていたそうです。

稲盛さんはそれをちらりと見て、すぐに「俺は馬鹿だ。バーゲンの垂れ幕を見てしまった。仕事に集中していない。恥ずかしい」とつぶやいたというのです。つまり、「心にくだらないことが浮かんできた」ことを反省し、「私心を入れない強さが必要だ」と自戒したのです。

その言葉を聞いた先輩は、稲盛さんの仕事への思いの強さに驚き、尊敬の思いをさらに強くしたと話してくれました。

このように、稲盛さんにはどんなときでもいささかの私心もはさまない強い克己心がありました。ですから、成功し続けることができたのです。稲盛さんは、「リーダーはいつも見られていると自覚すべき」だと注意をしていたのですが、このエピソードは、それが事実であることも示しています。

経営トップにはプライベートな時間はなく、365日、24時間、多くの観客のいる舞台の上で主役を演じているようなものなのです。

もし「話している」ことと「やっている」ことが少しでも違えば、観客である社員や取引先の方、場合によっては株主の方も落胆し、去って行ってしまうこともあるのです。

稲盛さんは「自分のことを棚に上げて議論できない」とも語っています。常に見られている以上、「実はあのときは」と自分を棚に上げて言い訳をしても、誰も納得してくれません。「言っている」ことと「やっている」ことは常に一致していなくては、つまり、言行は一致していなければならないのです。