体重の9倍の力で押さえつけられている状態

このとき、パイロット自身が9Gの力をどう感じているかというと、体重70キログラムであれば、その9倍の630キロの力で上から押さえつけられている状態です。どんなに筋力があっても、腕を動かすこともできません。体をひねるぐらいはできますが、重心を動かすような動きはまったくできません。

しかし、旋回中も操縦は続けなければなりませんし、無線で交信することもあります。場合によっては、旋回中に後ろを振り返って目視で状況を確認する必要もあります。このとき、首と腰に大きな負担がかかります。

高いG(「ハイG」と呼びます)がかかるとき、いちばん難しいのは意識を保つことです。このとき、心臓のポンプは1Gの重力に反して血液を脳に押し上げています。この血流によって脳に酸素が供給され、意識が保たれます。

しかし、これが9Gになると心臓のポンプもを上げ始めます。意識を保つこと自体が難しくなるのです。無防備でいたら、おそらく5秒程度で失神するでしょう。

失神する直前には前兆があります。視界がどんどん狭くなっていくのです。それが進むとまったく視野を失ってしまいます。これを「ブラックアウト」といいます。さらにGがかかると失神に至ります。これを「Gロック(G-LOC:Loss Of Consciousness by G-force=Gによる意識喪失)」といいます。

「Gロック」対策のための訓練

Gロックにならないために、戦闘機のパイロットはふだんからさまざまな訓練を行ないます。耐G訓練によって、強力にGがかかる状況でも筋力や呼吸法で意識を保つ方法を習得するわけです。

耐G訓練には「加速度訓練機」という機器を用います。数メートルの長さのアームの先に1人用のゴンドラのようなものが設置されており、これに乗ってグルグル回転することで、遠心力による強いGを体験できるしくみです。

戦闘機のパイロットになる人間は、最初にこの訓練を行ない、Gロックになると自分の体にどのような変化が起きるのかを学びます。最初は全身に力を入れて踏ん張ることで意識を保つことができますが、しだいに視界が狭くなり、目の前がグレー色になります。モノクロの映画を見ているような感じです。

そこでグッと踏ん張ると、また視界が戻ってきます。それでも、体力的に限界値があります。限界を超えた瞬間、視界が真っ暗になり、気を失います。ブラックアウトです。

いびきをかいて眠っているのと同じ状態になります。体を強く揺さぶられたり、声をかけられたり、刺激を与えられると、ようやく目を覚まします。