仕事のやり方を見せ、背中から学ばせる

次代のリーダーを育成するのもリーダーの重要な役割だ。常務取締役で東日本営業本部長だったときには、30代の若手で主任クラスの部下を1人、必ず支店回りに同行させた。

それまでは1人で支店回りをする営業本部長が多かったが、私は部下に自分の仕事のやり方を見せることも大切だと感じたのだ。成績のいい支店長、成績の悪い支店長にはそれぞれどういう言い方をするのか。私の言葉に対して支店長がどんな反応をするのか。どういう力学でこの会社が動いているのか――。背中で語るというと格好よすぎるが、仕事は臨場感ある現場でこそ深く学べるのである。

旅行業は具体的なモノや技術がない商売だけに、会話や文章を通じて相手に伝える能力が極めて重要だ。旅行のパンフレットなどはキャッチコピーで決まる部分が大きいし、旅の魅力も言葉を尽くして表現しなくてはならない。

私も若手時代はさんざん鍛えられた。くる日もくる日もパンフレットの案内文やプレゼン資料などを書かされ、下手だ何だと先輩から真っ赤に直される。

「だったら自分で書いてみろ!」という台詞を何度呑み込んだことか(笑)。

だから自分が課長になってからは、部下に対しては最初に書いてみせることにした。1回目は私が書いた文章をもとに修正させ、2回目からは自分で書かせる。そして書いたものは声に出して読ませる。音読することで文章は練れてくるからだ。このようにして私に鍛えられた若手が現在は40代になり、本社のチームマネジャーとして当社の政策立案を担っている。

私が客員教授を務めている大学では、学生によく「稲刈り族になるな」と言っている。旅行業界でいえば、海外出国者数は年間1800万人から伸びていない。今あるマーケットの中で稲刈りばかりしていたら、いつか枯れてしまう。ところが、東京の出国率25%に対して、たとえば青森の出国率は3.5%にすぎない。もしこういう県の出国率が軒並み倍になったら、日本の海外旅行マーケットは2000万人を超えるはずだ。

これからの日本にはマーケットを開墾する人、田植えをする人が必要になる。次世代のリーダーには是非そうなってもらいたい。

※すべて雑誌掲載当時

JTB社長 田川博己
1948年、東京都生まれ。獨協高校、慶應義塾大学商学部卒業。71年日本交通公社(現JTB)入社。最初の赴任先である別府で地域共生の視点を培う。川崎支店長、JTBインターナショナル取締役企画部長などを経て99年取締役副社長に就任。その後、常務、専務などを歴任し、2008年より現職。
(小川 剛=構成 的野弘路=撮影)
関連記事
不景気関係なし。「ヒット商品」が出ない理由
衰退事業でもヒットを出すマーケティング・リフレーミング
「撤退」を判断する基準とは?
頭打ちの市場で成長を遂げるにはどうすべきか