実は岸田氏と石破氏の違いは大きい

前述のように、日本の株式市場は取引の厚みがなくなっており、もともと株価が乱高下しやすい状況にあった。こうしたところに金融正常化に前向きな首相が誕生したことで、大きな相場変動を引き起こしてしまった。

石破氏は日本市場がここまで弱体化していることについて十分に認識していなかった可能性が高く、その意味では迂闊だったと言えるかもしれない。だが、一連の取引はあくまで投機的なものであり、政権側も発言に慎重になると同時に、市場も石破氏の発言に慣れてくるので、こうした乱高下はいずれ収束すると考えられる。

本来、株価というのは中長期的なマクロ環境や個別企業の業績によって形成されるものであり、石破政権にとっての本当の試練は、むしろ総選挙後にやってくると考えた方がよいだろう。

石破氏は基本的に岸田政権の政策を引き継ぐ方針を明確にしており、総裁選の公約には子育て支援や賃上げなど、もともと岸田政権で提唱されていた項目が並ぶ。確かに目新しさには欠けるが、実は細部に目を転じると大きな違いがある。賃上げ政策ひとつとってもそれは明らかである。

衆院本会議で所信表明演説に臨む石破首相[首相官邸ウェブサイト/総理の一日(2024年10月4日)より]

「2020年代に最低賃金1500円」の意図

岸田政権は経済界に対して賃上げを要請してきたが、直接、経営に影響を与える最低賃金の引き上げについては慎重だった。一方、石破氏は賃金についてかなり踏み込んだ提言を行っている。岸田政権は2030年代半ばまでに最低賃金を1500円に引き上げる目標を掲げていたが、石破氏はこれを大幅に前倒しし、2020年代に全国平均で1500円を達成するとしている。

同じ1500円でも、2030年代と2020年代では天と地ほどの違いが生じる。

2030年代であれば、時間的余裕があるので、物価上昇に合わせて最低賃金を改定していけば達成はそれほど難しくない。しかし2020年代に達成するとなると、物価上昇を超えて賃金を上げる必要があり、企業はその原資を捻出する必要に迫られる。最低賃金ギリギリでの募集が多い地方にとっては、1500円への引き上げは相当なインパクトといえるだろう。

努力をしない企業に退場を迫る

これまでの日本企業は、労働者の賃金を犠牲にすることで利益を確保してきたと言っても過言ではない。過去20年の日本企業における増益分の大半はコストカットによるものである。加えて日銀の低金利政策によって企業は利払い負担も回避できており、政府が下駄を履かせてきたのが現実だ。