電話は「相手の顔が見えないツール」

自分が使い慣れたツールや得意なツールでは緊張せずに人とかかわれますが、ツールに苦手意識があると、緊張するので、「あれ?」と思わせる態度になってしまうのです。ツールの得手不得手以外にも、別人格になってしまう要因があります。それは相手の顔が見えるか見えないか、です。

私たちがコミュニケーションを取るときは、視覚と聴覚と言葉を使います。その中で一番優位なのは視覚情報です。『人は見た目が9割』(竹内一郎著/新潮新書)という本がありましたが、まさに見た感じで受ける情報が、コミュニケーションの大きな部分を占めます。

たとえばにこやかに笑いながら怒られたら、怒られている気はしません。反対に怒った顔でほめられても嫌味かな、と思ってしまう。それは、表情つまり視覚情報のほうが優位だからです。しかし電話は視覚情報がありません。

相手が見えないので、入ってくる情報は聴覚と言葉だけ。情報量が大きく減ってしまうので、それこそ相手が何を考えているかわからない。だから必要以上にこわいのだと思います。

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いちばん怖い表情は「無表情」

緊張や威圧は、人が何を考えているかわからないときに、いちばん強く感じられます。目の前で顔をまっ赤にして怒っている人がいれば緊張しますが、それ以上にこわいのは、何を考えているのかわからない人が、無表情だけれど、どうやら怒っているかもしれない、というときです。

情報が欠如することが、人にとってはとてもこわい。だから顔が見えず、声だけでやりとりする電話がこわいと思うのは、人のコミュニケーションのしくみを考えると、ある意味納得できることかもしれません。

顔が見えたほうが話しやすいというのは、以前はいわば常識でした。ところが最近、顔が見えないほうが話しやすいという人たちがあらわれて、よけいにコミュニケーションの問題を複雑にしています。顔が見えないほうが話しやすいのかも……そう思ったのは、カウンセリングの研修をしているときでした。カウンセラーを養成する授業では、必ず「無反応」という実習をします。

カウンセラーを目指す人が一生懸命、自分について話すのですが、聞き手役の人はわざと無表情のまま黙っていて、まったく反応しません。すると話す側の内容がだんだん散漫になってきて、最終的には話ができなくなるという実習です。

要は、相手が反応しなければ、筋道立てて話ができなくなり、混乱して何を話していいかわからなくなる。だからカウンセラーはクライエントの話にきちんと反応して向き合わなければいけないという体験をするのです。