“自称有識者”が大衆から奪っていくもの

ドイツの哲学者・ハーバーマスは自著の中で、「順応の気構え」という言葉を用いて、大衆が専門家の意見を鵜呑みにするメカニズムを解明しています。

内容的にはまだ明確にされていない決定権力に対する同調態度の動機は、この権力が正統的な行動規範に合致して行使されるであろうという期待である。順応の気構えの《究極の》動機は、疑わしい場合には自分が論議によって納得させられうるであろうという確信である。(『晩期資本主義における正統化の諸問題』)

現代社会は複雑になっているので、一つひとつの言葉を自分で調べて、論理を追っていけば全部理解はできる。しかし、異常な時間とエネルギーがかかるために、わからないことについては、誰かが説明してくれるのを期待し、それに従う。このようにして「順応の気構え」が出てくる――ということです。

佐藤優『佐藤優の特別講義 戦争と有事』(Gakken)

この「順応の気構え」が、民主主義に反する要因になる危険性が大きいというのが、ハーバーマスの見方です。

これは、複雑な世の中の森羅万象を簡単に説明してくれるのが、まさに“自称有識者”によるワイドショー的なものだということを示唆しています。日本において、あるいは多くの国々でも同様に、ワイドショー的なものが、簡単にアクセスできる情報装置としての役割を果たしています。「順応の気構え」は、積極的に自分で物事を検証するという発想を、大衆から奪っているのです。

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